ポスター×ポスター





 今年から祭りに出資すると社長が突然言い出したが、誰も反対する人はいなかった。毎年ちゃんと利益がでているし、程度の差こそあれどみんな地元埼玉のことは好きなのだ。

 ところが、いざ出資が決まったら、やることが次々と沸いて出てきた。ただお金を出して終わりではなかった。そのうちのひとつがポスター制作だ。スポンサーなので宣伝用に貼ったり配ったりできるらしい、そんなものはうちの会社に用意がない。

 ならこの機会に作ろうと役員会で決まったらしいが、ビルや建物のガラス清掃を請け負ううちの会社に、広報なんて洒落た部署はなく、デザインの心得のある人間など一人もいなかった。

 経理のパートさんを除いて、パソコンを使い慣れているのが、若手の私だけということで、突然お鉢が回ってきた。

 慣れているとはいえ、普段は作業員さんたちのシフト管理を表計算ソフトでつくっている程度しか触らない。

「デザインをするなら、専門ソフトがないと」

 とごねてみたら、十数万円するソフトを買われてしまった。これは無駄にできないと、必死に動画サイトの指南動画を見て、見様見真似でどうにか形にすることができた。

 スタッフが気合いを入れて磨きあげたビルの写真は、カメラが趣味だという専務が撮影したので、それなりに見栄えがする。ただ、そのうえに載せるキャッチコピーだけがどうにもならない。

『埼玉で二十五年』

 無難にこれでいいかと思って提出したが、「スポンサーに百年企業がゴロゴロ名を連ねているなかで、二十五年を誇るのは恥ずかしい」という意見が出てやり直しになった。

『埼玉の建物を、いつもキレイに』

 今度はインパクトがないと没になった。

 キャッチコピーのつくりかたの本も買ってきたが、大手広告代理店出身のおじさんの自慢話しか書いていなくて参考にならない。

『ガラスと向き合い、四半世紀』

 地元の祭りなので埼玉のことも入れてほしいと要望があった。だったら自分で考えろ、と言いたくなるが、役員に任せたらダサくなるのは目に見えている。

『埼玉が、キレイなのは、私たちのおかげ』

 見た人から反感抱かれかねないから、もっと謙虚に。

『ガラスを磨き、埼玉を磨く』

 実は埼玉に留まらずに事業を拡大していきたいらしい。

『全ての地を、磨き上げる』

 もっと格式がほしいとのこと。

『遍く地に、浄化をもたらさんとす』

 これが決定稿だ。社外の人にも感想をもらいたくて、高校生の妹に見せてみた。

「やば、終末思想じゃん」

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