とおまわり




 最近、娘の帰りが遅い。

 もちろん彼女のことは一人の人間として尊重しているし、信頼もしている。しかし、何か悪いことを覚えたんじゃ、という不安はどうしても拭えない。

 母親として、私にできることはなんだろう。これが非行の芽だとしたら、今のうちに摘み取っておかねばならないはずだ。

 一年生のときは、ちゃんと学校が終わってから一時間以内には帰ってきていた。

 小学校から家までは、子供の足で歩いても三十分はかからない。多少寄り道をしたり友達と遊んだりしていても、二時間はかかりすぎだ。

 こんなことになったのは、二年生になってからだ。二年生になって六時間目授業が増えたという単純なことではない。私だって時間割くらい把握している。

「寄り道しちゃだめよ」

 なるべくやさしく、怒っていると思われないように、もっと早く帰ってくるように伝える。正しい母親は、帰りが遅いくらいで怒ったりしないのだ。

「え、いつも普通に帰ってきてるよ」

 それでも娘は、きょとんとした顔をしている。この子は私に似ずにまっすぐ育ったので、嘘をついたことなんて一度もなかった。

 今日だってちゃんと早起きして、歯も磨いて、ご飯も食べて、七時半には学校に行っている。こんなに真面目でいい子は他にいない。

 だけど、実際に帰りが遅くなっているのだ。

 こうなれば、下校中の娘の姿を見に行くしかない。疑っているわけではないけれど、母親の義務として、娘の行動を確かめる必要がある。

 校門から少し離れたところに隠れて、じっと娘が出てくるのを待った。時間通り下校し始めた娘のあとをつけて、何が起きていたのかを、理解した。

「あの子……」

 今は春、桜の季節だ。娘は地面に落ちた花びらを踏まないように、器用につま先で歩いたり、どうしても通れない道は避けて、大幅に遠回りしてまで、桜の木のない道を選んでいた。

 そこまでして花びらを踏まないように頑張る娘の姿を見て、今年の春に家族みんなで行ったフラワーパークのでの出来事を思い出した。

「花を踏んじゃだめ!」

 嬉しくなって駆け回る娘に、強い言葉で注意をした記憶が蘇る。

「花は、踏んだらだめだけど」

 帰宅した娘に、正しいことを伝える。母の義務として。

「花びらは踏んでもいいの」

 ここ数日は、自宅のベランダに置いているプランターを眺めながら、花について考える時間が増えた。

 娘は桜の花びらをよけることをしなくなって、以前と同じように三時には家に帰ってくるようになった。

 だけど、これでよかったのだろうか。

 あれからずっと、娘が得たものと失ったもの、そして私が失ったものについて考えているが、まだ結論は出ていない。

 プランターに刺している栄養剤が空になっている。すくすくと育ってほしい。新しいものを土に刺して、古いものをゴミ箱に捨てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る