賽の河原RTA 菩薩ルート




 鬼たちが騒いでいるのを尻目に、その男はあっさりと石を積み、塔を完成させてしまった。

 一分二十七秒。最短記録だ。積まれていく石を崩す隙すらなかった。

 輪になる鬼たちの中心で、当の本人はきょとんとした顔をしている。

「えっ、もしかして、俺のこと、知らないんですか?」

 なんで死者のことをいちいち調べておかねばならぬのだ。一日に何人ここに送り込まれてくると思っているのか、統計によると一万七千人にもなるのだぞ。

「鬼って、インターネットとかやらない系ですか?」

 鬼はインターネットをやらない。それくらいは死ぬ前に知っておいて欲しい。

「これ、めっちゃ得意で、現世ではしょっちゅうバズってたんスよ」

 現世では爪楊枝の先に五百円玉を乗せたりり、さらにその上にボーリングの玉を乗せたりしていたらしい。なるほど、それなら石の塔なんて簡単だろう。

「よし、わかった。約束は守ろう」

 死後の世界は規則こそが何より重んじられる。物理法則のなくなった精神だけの世界で、地上のように規則破りが横行してしまえば、世界は形を保っていられなくなる。

「お前は特別だ、川の向こうに渡っていいぞ」

 本来は鬼の威厳にかけて、そう簡単に渡してしまうわけにはいかないが、感情と規則は別だ。

「いいっス」

 石積み達人の男はヘラヘラと笑いながら、二つ目の塔の建設に取りかかった。一分四秒。記録更新。

「ああ?」

「いや、だって、ここみんな石積んでるんスよ。こんなに趣味が合う人がいっぱいいる場所なんて、最高じゃないっスか」

「ここにいる子供達は、別に趣味で石を積んでいるわけじゃない」

 鬼の口から正論を吐かせるな。

「でもいいっス、しばらくここで技、極めます」

 口調は軽かったが、姿勢は真摯だった。

 男が居着くようになってから、賽の河原における石積み技術の発展はめざましかった。

 マイナーな分野では、一人の天才の出現によって、時代が大きく動くことがある。石積みにおいてはこの男だった。

 男は自分の技術を高めるだけでなく、弟子をとり、奥義を伝授した。

 日々の指導によって石積みの高度な技術を身につけた数多くの子供達は、じきに供養を終えて、川の向こうに旅立っていった。

 そして男は、石積み道の開祖として崇められ、後の世では、地蔵菩薩と呼ばれたそうな。

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