4 産まれた時からの悪人なんて存在するのだろうか。

処刑しょけいに立ち会うことはこの国じゃあ、許されないからね。残ったとしても、大した話はできないだろう。」


 検察官けいんさつかんの鈴音さんは、私をみると、申し訳なさそうに言った。

「検察官ってやつは悪魔の気持ちさ。たとえクズとはあれ、


 一人の人間の命を殺めるのだからね。


 私は、


 君の実の父親を起訴した。


 ま、訴えられていたからね、多くの人から、死ねと思われている。死刑執行を命令するのは 


 法務大臣の元木大臣のオヤジだし、


 殺すのは、


 刑務官の連中だがね。」




 死刑とは残酷な制度だ。


 どんなクズにも、痛みや苦しみはある。


 正義の為とはいえ、被害者の為とはいえ、命を奪うことは正しいのであろうか。


むしろ、生きて償わせるべきではないのであろうか、と疑問を感じた。


 犯罪者を、犯罪者だと訴えることも、いい気持ちではないだろう。


 世の中には、犯罪者をみつけて、裁くことが楽しくて仕方のない、変わった人間がいることは確かだ、



鬼畜きちくのサイコパス検察官は、



 犯罪者を悪人だと言って、責め立て、苦しめるのだ、世の中、人が苦しんだり、痛めつけられているのをみて、楽しむ、人が存在するのも事実だ、彼らは社会に溶け込み、魅力的みりょくてきにさえ思われるのだ。


 

 「ま、世の中、何が正義で、何が悪かなんて、わかりませんよ。正義だって、使い 方をあやまれば、巨悪になりえますからね。」

 僕は、正直な気持ちを率直に述べた。

 


 検察官の鈴音さんは、すくわれた様子で、僕をみていった。

 「だから、こそ、法律があるのだ。人間は、法律でしか、自分の正しさを証明する手立てを知らないのだ。」



 鈴音さんの言っていることは確かに、正しい。


 正しいけれど、まだ中学生の僕には、わからなかった。


 世の中、国に貢献こうけんしたり、人々を助けたり、素晴らしい会社をつくったりして、もうけている人がいるが、すべて、法律に反していれば、ムショ行きなのだ。


 いずれ大企業になるやもしれない会社もつぶれてしまうのだ。



「本当に法律だけが、正義なのでしょうか。


 人には心と、真実があります、正しさの証明は難しいですが、法律に背いていたと しても、国に貢献していたり、人助けをしていたり、して、立派なことをしている人もいます。


 彼らはどうして裁かれなくてはならなかったのでしょうか。


 多少の罪が許されてもよろしいと思いませんか、


 時に法律は、人を頑固がんこかたくなにさせて、愚かな判決を生み出します。」



 僕の話をきくと、鈴音さんは、感心した様子で、言った。

 「確かに、君いっていることは正しい。


法律は、時に、利益を損なわせる。法律を新しくするにも、


国会での承認しょうにん


が必要となるし、手間がかかるために、


時代に取り残されるというわけだ。


全く中学生とは思えないくらいよく、考えているな。」


 

 「いえいえ、ある程度論理的に考えていけば、わかることですよ。」



 「ふ、いうじゃないか。ま、法律がなけりゃ、世の中は、治安が悪くなって、犯罪であふれかえっちまうのさ。結局は、人なのさ。


人の心が必要なのさ。


精神だね。


倫理観りんりかんだ。


いいものをみて、いいものに囲まれて、幸せをしる必要がある、大事なものを知る必要がある。当然の人としての、温かみを知る必要がある。孤独こどくな、社会に適応できなかった人間を作り出した国にも責任はあるのさ。」


 

 もしかすると、実の父も生まれたころは純粋な子供だったのかもしれない。


 まっとうに育っていれば、まとも、であったのかもしれない。


 生まれたときからの悪人など、存在するのであろうか。



 率直な気持ちを言った。

 「生まれたときからの悪人なんて存在するのでしょうか。」


 

 犯罪心理学者の堂本は、僕の質問に答えた。

 「ま、科学的な分析でいうと、


 脳に何らかの先天的な障害


 を持っている人間がいるのは、確かだね。彼らは、


 サイコパスやソシオパス


 と呼ばれている。犯罪を犯しやすい傾向の人々さ。だから、社会で、問題行動を起こしやすいんだ。」


 

 だとして、生まれたときからの犯罪者予備軍を裁くことは間違っている。


 

 「彼らは、時に、素晴らしい功績をのこすんだ。大企業のCEO、外科医げかい、道を踏み外さなければ、社会に多大な貢献をするんだ。」


 

 知っていることだ、犯罪者の中に、サイコパスの割合が多いことは知っている、ただ、本当に、生まれたときから、人を殺そうとしていたのであろうか、犯罪を犯そうとしていたのであろうか。



 精神科医の大門は、言った。

 

 「ま、過去の歴史をみれば、


 人間は残虐ざんぎゃくな生き物さ。


 大虐殺だいぎゃくさつの歴史がある。


 生き物である以上、弱者を食らって生きるのが、習わしで、


 この世は弱肉強食なのさ。


 サイコパスであれ、何であれ、奴らは、確かに、人を殺すだけの能力はあった、


 弱者である被害者が死んだというだけだ、


 被害者がしっかりと、安全を確保して警戒していれば助かったかもしれない、実力がなかったから殺されて被害者になっただけだ。」


 

  なんて、ひどいことを言うのであろうか。


 

 「ただ、弱いものを苦しめていると、


いつか自分に返ってくる。

 

つまり、反乱がおこる。暴動がおこる、だから、


社会保障が重要なんだ。


社会のお荷物に対しても、普通に生きていけるだけの支援をする必要がある。気が狂って、放火したり、人を殺したり、物を盗んだりする。お金がなくて困っているからだ。治安が悪くもなる。だから、こそ、


社会的弱者を見て見ぬふりをすることは案外得策ではないのだ。」



 なるほど、大門の論理は、的を得ていると思った。


 

 「しかし、だ。国の上層部の人達は、何もしないし、


肝心の国民が上層部の人間を変えるべきだということに気が付いていない。


テレビや間違ったネットの情報に踊らされて、自ら、苦しみの選択をするんだ。もう、どうにもならないさ。」


 

 大門は、自分の住んでいる国の行く末について、ある種の諦めを覚えている様子であった。



 大人たちは、どうしようもない、社会の矛盾を抱えながらも、自分の仕事や役割をこなすことしかできないのだ。


 漫画やアニメの世界では、社会は繁栄していくし、活気に満ちあふれているが、現実の世界で、大人たちは、社会のどうしようもない矛盾に苦しみつつも、できることを、毎日必死に、して、過ごしているのだ。


 

 鈴音さんは、大門が話、おえると、会話をつなげた。

 「どうしようもないことが世の中には存在するのさ。私は検察官になって、国の法律に仇をなしている人間を起訴きそし、裁判所行きにしてきたが、


裁判所行きになった人間の人生はことごとく、


粗末そまつになった。ある意味では、


悪人になってしまったのかもしれない。


だが、私は、できることをしただけだ。


しないほうがよかったこともあるかもしれないが、


私は、歯車として、ただ、事件があった場所を調べ、犯人を特定し、裁判送りにすることしかできない、ムショ送りか、拘置所こうちじょ送りにすることしかできなかったんだ。社会は、知らない間に不景気ふけいきになって、子供の数が減り、外国のものが高くなっていった。治安も日に日に悪くなってきている。だからと言って、私には、どうすることもできないんだ。」


 金持ちの優秀な人間たちは、外国に逃げている。


 

 賢い人ほど、政治家になって国を変えるなどという無謀むぼうなことを考えないのである。


 一重に、政治活動には金がかかることがあるし、当選とうせんするには、特定の権利団体けんりだんたいからの支援も必要なのだ。


 結局、特定の団体の為に動くこととなり、ろくに変わることもなく、国民を苦しめるだけであったのだ。



 犯罪心理学者の堂本さんが、話をまとめた。

 「政治家になるのには、リスクがありすぎるんだ。普通に仕事をして暮らすか、会社でもして独立した方がずっと、得なのさ。」






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鬼畜・・・人を人とも思わない、残虐ざんぎゃくな行為を行う人の事。


サイコパス・・・先天的に反社会的人格の持ち主。


ソシオパス・・・後天的に反社会的な人格を持った人。


CEO・・・chief executive officerの略で、最高経営責任者のこと。業務執行役員の長。


社会保障・・・病気・けが・出産・障害・死亡・老化・失業などのリスクを社会または、国が保障すること。






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