2 クズで死刑予定の父に生まれてはじめて、会いに行く。

「で、行くんだな。ムショに。面会めんかいも禁止されているが、実の子だと言えば、話くらいさせてもらえるだろうよ、金山町かなやまちょうのムショで、禁固きんこされてるらしいよ。」

 

 僕は、今日11月12日 ムショにいる、実の父に会いに行くことにした。


 父は僕を僕とは、気づけないだろう。

 

 生まれたときでさえ、父はいなかったのだ。

 

 世界には、当然、父親がいて、母親がいて、両者が、良い人で、幸せな家庭で育っている人がいる。

 

 僕には、空想くうそうの世界に思えた。

 

 けれど、僕には千代ちよおばさんがいた、気のいい、人達が面倒めんどうをみてくれた、幸せだ。

 

 知らないふりをしていた。

 

 千代おばさんが、血のつながった親でないこと、別に親がいること。

 

 実の親は、胸糞むなくその悪くなるほどの、ろくでなしで、ある事。

 見たくなかった。

 

 だから、見えないふりをしてきた。

 

 ムショに付くと、監守かんしゅおりのところまで、案内した。

 

 「027番、面会だ。」

 

 監獄かんごくでは、名前はない。

 

 番号で管理されているのだ。

 

 おりの中にいる、薄汚れたおっさんは、檻の中で、




 自慰行為じいこういをしていた。




 思わず、目をらした。

 

 汚い。

 

 くさい。

 

 はしたない。

 

 最低、最悪の、クソジジイじゃないか。 

 

 僕の、実の親が、これ だなんて、信じたくないし、思いたくもなかった。

 

 監守かんしゅも、顔を引きつらせている。

 

 「俺になんかようか、みない顔だが、若けえな。学生か。」

 

 まだ中学生である。

 

 「中学生です。」

 

 「中学生が俺になんの用だ。薄汚うすよごれたジジイだぜ。にひひ。」

 

 汚い黄色の折れた前歯まえばをむき出しにして、歯茎はぐきもむき出して、さるの笑いを盛大にみせた。

 

 気色の悪い、猿だ。

 

 「私が、誰だかわかりませんか。」

 

 じっと、みた。

 

 「さあねえ、しらねえな、おめえみてえな奴は。俺はもうじき、処刑さ。さよならだ。」

 

 やっぱり、わかるはずもない。

 

 「どんな悪いことをしてムショに入ったのですか。」

 

 私は、純粋じゅんすいな気持ちできいてみた。


 「俺は、レイプしたんだ。百人以上の女にレイプをな。ゲシシシ。睡眠剤すいみんざいかくせい剤で、女どもを眠らせて、起きたときに、おそってやるのさ。あと、弱いものをイジメるのが趣味しゅみでね、女を何人か殺した。はらませた女の数も覚えてねえし、孕んでんかどうかもわからねえ。おめえも、俺の子か、これまで何人か、被害者面ひがいしゃづらした俺の子が、面会めんかいしにくるんだが。困ったもんだね。」

 

 クズだ。


 正真正銘しょうしんしょうめいの、クズだ。

 

 最悪だ。

 

 こんな奴に子供だと認定されるのは、地獄だ。

 

 さっさと死ねばいい。

 

 「怒っているのか。俺の子供なようだな。かわいそうによ。失望しただろ。にしても、自殺せずによく、立派に成長できたものだな。凶悪な親を持った状態でなあ。母親も碌でなしなんだろ。」

 

 絶望ぜつぼうで、いかりを通り越して、憎悪ぞうおと、得体えたいのしれないほどの、気味の悪さと悪寒おかんを覚えた。

  

 「ひひひ。ゾクリとするだろ。へへへ。」

 

 犯罪者だ。

 

 死刑にするべきだ。

 

 僕にだってわかる、殺すべきであるということが。

 

 「どうして、人の嫌がることをするのですか、法律を犯してまで、残虐ざんぎゃくな行いをするのですか。」

 

 男はもの珍しそうに、私をみた。

 

 「御前、よくみると、あの女に似ているな。どうしてだろう。俺がどうして、残虐ざんぎゃくな行いをするのかは、俺にもわからねえ。ただ、女をみると、やっちまうんだ、病気なのさ。」

 

 あの女とは、誰の事であろうか。


 病気びょうきなのであろうか。

 

 


 「あの女とは誰の事ですか。」

 

 


 急に、静まりかえって、だまりこくった。

 

 思いつめた様子で、暗くしずんでいた。



 

 「俺は、俺は、俺はあああああああああ。」



 

 男は、檻の鉄格子てつごうしに頭を何度も、叩きつけたり、地面にたたきつけたりして、癇癪かんしゃくを興し始めた。



 ひどい自傷行為じしょうこういを始めた。

 

 

 「ぶはあああああ。おろろおろろろろろ。ぼへええええ。」

 


 男は、涙を流した。

 

 血の涙だ。

 

 苦しみの泣き声きこえた。

 

 確かに、温かみのある人間の泣き声であった。



 

 「ごめんなさい。許してください。ごめんなさい。」



 

 男は意識を失った。

 

 監守かんしゅは、驚いて、一部始終いちぶしじゅうをみていた。

 

 


 「一体、どうしたのでしょうか。」

  監守は、私をみると、何が何だかわからないといった様子で、ポカンと宙をみつめていた。

 

 


 こりゃだめだと思った私は、監守に言った。



 

 「ボーとしてないで、報告したらどうですか、明らかにおかしいですよ。」

 

 


 「たしかに。」

 

 監守は、腰のポーチから、携帯電話けいたいでんわを取り出すと、上に報告ほうこくした。

 

 「どのみち、処刑される命だが、処刑されるまでは、生きてもらわないと困る。」

 

 難しい話だ。

 

 処刑される前に、急な精神疾患せいしんしっかんか、障害を起こされて判断能力もクソもなくなられると、殺すにしても殺しにくいのだ。

 

 


拷問ごうもんはしないのですか。」

 

 


 率直そっちょくに監守にたずねた。

 

 「できないんだよ。爪はがしも、舌切りも、鞭打むちうちも許されていなくてね。死ぬにしても、生ぬるいきがするね。苦しめて殺さないとわりにあわないといわれる、被害者の方もおおい。ま、私は、どうでもいいんですがね、極悪人ごくあくにんだとか、犯罪者だとかといっても、あくまで、他人なので。」

 

 ドライな人だと思った。

 

 監守は意外にも、冷たくて、他人に無関心な人ならしい。

 

 「へえ。看守かんしゅは結構、感情に冷たい人なんですねえ。」

 

 「まあ、ねえ。でも、優しさとか、最低限の倫理りんり観はあるよ。人は心と精神も大事なんでねえ。」

 

 まともな、人ならしい。

 

 「ただ、まあ、急に、彼があばれだして、頭を打ち付けて回ったときはついに、気でも狂ったかと、きもを冷やしましたがね。」

 

 「ああ、あれは、私も驚きました。」

 

 とまあ、世間話せけんばなしでも、しておりますと、やがて、取り調べに、精神科医せいしんかいの医者の男と、犯罪心理学者はんざいしんりがくしゃの女と、検察けんさつのオカマがやってきました。






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単語目録たんごもくろく


面会めんかい・・・人と会うこと。


睡眠剤すいみんざい・・・不眠症や、睡眠が必要な時に使う薬の事。


覚醒剤かくせいざい・・・精神を刺激しておかしくさせる、アルカロイドの薬。メタンフェタミンなど。乱用すると、中毒になって、頭がおかしくなる。


孕む・・・妊娠にんしんすること、お腹にあかちゃんができること。


悪寒・・・全身がぞくぞくする不快な寒気。


自傷行為・・・意図的に自分の身体を傷つけたり、毒物を摂取すること。


癇癪かんしゃく・・・ちょっとしたことに感情を抑えきれず、激しく怒りだすこと。


拷問ごうもん・・・自由を奪い、肉体的・精神的に痛めつけ、尊厳を潰し、意志を消失させ、強要する事。


監守・・・囚人の監督、監獄事務の職員。


倫理りんり・・・人として守るべき道、善悪、正邪の普遍的な基準。


オカマ・・・男性同性愛者や、女装趣味の男の蔑称べっしょうないし、自虐。


精神科医せいしんかい・・・精神障害せいしんしょうがい依存症いぞんしょうの治療を主に行う医者。


犯罪心理学者はんざいしんりがくしゃ・・・犯罪行為やそれを取り巻く周辺事情に心理学を用いて、明らかにする学者。


検察官・・・法律に反した事件を調べ、裁判にかける人の事。


起訴・・・裁判にかけること。








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