第90話 レオ・エイセル

 そのベッドには、老人が寝ていた。


 俺は気が付くべきだった。

 だが俺はこの時この老人に全く気が付かなかった。

 何故なら、明らかにその老人は死にかけていたからだ。


 はっきりとわかる死相。

 それももう長くない。どれぐらい?

 恐らく明日はないだろう、と言う感じだな。


 だが俺は気が付くべきだった。

 大事な事だから何度も言うが。


 その老人はエイセル親方だった。しかもセシーリアちゃんに耳打ちされるまで俺は気が付かなかったのだ。


 俺はヒルデから剣を受注してからこの方一度も親方に会わなかったのだ。


 そんな俺を察してかどうかは知らないが、エイセル親方が突然ベッドから起き上がり、歩き始めた。


 ヘンリクが親方に剣を渡す。

 その剣を親方はじっと見つめ、俺の所に来た。


「ケネト、お前を誇りに思う。よい弟子を持てて幸せだ。」

 さっきまでの死相が嘘のように、親方の顔は生気に満ちていた。

 そう言って親方は俺に剣を渡す。

 そしておっちゃんが俺の所にきて、剣を受け取ってくれた。


「最後に素晴らしい剣を見る事ができた。長生きはするもんだな。」


 そう言って親方はベッドに戻った。


 俺は親方の手を取った。


 親方はにっこり微笑み・・・・そのまま目を閉じた。

 俺はそっと親方の手を戻し・・・・何故か目から涙があふれてきた。


 レオ・エイセル


 モッテンセン王国最高の鍛冶師。


 その親方がもう2度と目を覚まさない。


 実際俺は魔法を使おうとしたんだが、セシーリアちゃんに止められた。

「残念ですが老衰は回復できません。」


 つまり親方は寿命で死んだ。

 怪我や病気と違い普通の回復魔法では寿命は回復?回復と表現していいのかわからないが、つまり寿命を延ばす、若しくは老いた身体を若返らせる事は出来ないらしい。


 それは禁呪と言われる秘術で、存在自体が怪しいそうだ。

 もしそんな魔法が存在しているのであれば、人は寿命で死なない。


 ただこれには色々抜け道があり、種族によっては寿命が長かったりする。


 俺は親方の歳を知らなかったのだが、実際60歳ぐらい?と思っていたのだが、100歳を超えていたそうだ。


 この日俺はセシーリアちゃんに抱きしめられ寝た。

 いつもなら拒絶するのだが、この時ばかりはセシーリアちゃんの体温が心地よかった。


 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・


 エイセル親方には家族がいなかった。

 元々とはいたらしいが、もう半世紀以上連絡が途絶えていたそうだ。

 なので親方の葬儀には親方の身内は誰も参列していない。


 なので喪主は俺が引き受けた。


 棺の中には親方から貰った剣を入れた。

 親方の最高傑作。

 後世に残すべきとも考えたが、この剣は親方が俺の為だけに打った剣だ。

 だからこそ持っているべきと思ったが、俺は親方の棺に入れた。


 葬儀が終わり、親方は灰になった。


 そして俺の手には親方の剣があった。

【精霊の加護を得ている剣だから、こうなるのよ。】


 どうやらこの剣は俺が死ぬまで持っている事になるらしい。





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