第72話 【鉄砧】と【槌】
親方に確認しに行ってくれてるのか?と思ったが、違った。
「またあんたらか。帰れ!」
昨日の奴だった。
「おい、まさかと思うが親方に俺達の事きちんと伝えてないんじゃねえだろうな?」
今日はきつく言わんと舐められるぞこれ(もう手遅れ)。
「親方は忙しい。帰れ!」
俺はセシーリアちゃんに相談する。
「どうする?強引に行くか?」
「どうしましょう。まさか親方がケネト様を忘れるはずがないですが、正直な所親方は丁稚に恵まれていないようですね・・・・ケネト様が親方から頂いた短剣を投げてはいかがでしょう?」
「人に当たったらどうするんだ?」
あれは自動で戻ってくるからな。
【自動じゃないわ!私達がやってるのよ?そしてちゃんと的に当てるわよ?】
「セシーリアちゃん何か言った?」
「??何も言ってませんわ。」
「よくわからんが分かった。流石にこれ、親方も気が付く・・・・よな?」
【大丈夫よ!万が一はちゃんと回収してあげるから思い切ってあっちに投げなさい!】
ダンジョン以外で親方から貰ったナイフ使った事あったっけ?
まあいい。きっと気にしたら何かに負けるのだろう。
そして俺は指示された方向に投げた。
「あ!何をする!」
もう遅い。
俺の投げた短剣は、工房の中へ吸い込まれるように消えてしまった。
暫くすると、工房の中が静寂に包まれる。
あれ?鍛冶の工房なのに一切の音がしなくなったぞ?
「おい!これはどういう事だ!この短剣が何故ここに飛んでくる!」
親方の声だ!すげー怒ってるぞ?もしかして俺が投げた事に対して怒っているのか?
「お、親方、申し訳ありません!昨日の夫婦がやらかしてしまいました・・・・」
「そんな事はどうでもいい!お前らこの短剣を見てどう思う?いいか、触るなよ?」
どうした?
「ケネト様、如何なさいます?今なら工房へ入る事ができそうですよ。」
「いや、待とう。」
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・
・・
・
・
なげえよ!
いつまで待つんだこれ?
ぶっちゃけ数時間。
すると・・・・
「お前らもう来なくていい。」
「そ、そんな!どうしてですか?」
「これを見て何とも思わねえようでは話にならん。お前らは所詮俺の名に魅せられただけだったようだ。残念だ。」
「訳が分かりません!あの夫婦に問題があるんですな?今から始末を・・・・」
「ばかもん!」
うわ、親方激おこだお・・・・
「なあセシーリアちゃん、俺さ、あんな怒った親方初めて見た。」
「それはそうでしょう。ケネト様は実に愚直に親方の鍛冶を勉強なさっておりましたもの。ですが今の丁稚達は・・・・鍛冶の何たるかを忘れ、エイセル親方に弟子入りしたという事実に驕ってしまったようですね。」
そういうもんか?
お、親方が何か言っているぞ?
「・・・・お前らが出ていかんのであれば儂が出て行くだけだ。」
うわ、親方が工房からいなくなるのか?
「短剣の精霊さんよ、案内してくれ。それとこれを持っていきたい。」
【あら、よくわかったわね。いいわよこっちよ。そのまま短剣握っていればわかるわよ。それと、いい趣味してるわね。実にいいわ。素敵よ。】
「それはすまないな。まあ炉は持ち運べねえが、槌と鉄砧は持ち運べるからな。これさえあればなんとかなる。」
あ、誰かが出て来るぞ。
・・・・親方か?
「・・・・ケネトか。ずいぶん久しぶりだな。」
「親方。俺、やっと戻って来たよ。」
「そうか、お帰りケネト。しかし済まないが俺はこの工房を出る事になっちまった。」
「何を仰るんですか親方!親方がいる場所こそがエイセル工房ですよ!」
「そう言ってくれるのはケネト、お前だけだな。それに・・・・あんた確かギルドにいたな。名はすまんが忘れた。」
「セシーリアですわ、レオ・エイセル親方。」
「おお!思い出した。S級冒険者だったのに、どうした訳か冒険者を引退しギルドの受付になった女がいたっけな・・・・セシーリア・ラウラ・パウリーン・マイケ・ネースケンスって言うのがあんたの名だろう?」
「まあ親方、よくご存じで。」
「ロセアンとよく活動していただろう・・・・まあアイツはお得意様だったからな。あいつはよくあんたの事を自慢してたさ。若いのに魔術を極めた稀な存在だとさ。」
「まあ親方恥ずかしいですわ。」
「何を言いうか。しかしたまげたなあ。まさかあんたがケネトの妻だったとは。まああんたなら安心か。」
あ?今親方なんか言ったか?
「その、ケネト様の命尽きるまで妻として尽くす所存ですわ、親方。」
「あんたが言うと重みがあっていいな。おお、これを返そう。まさか精霊を仕込んでいるとは驚きだが、ケネトならそれもありか。俺の全てを込めた短剣だ。それとケネト、これを・・・・祝儀だ。受け取れ。」
あ、何だよ祝儀って・・・・っておお!これは・・・・槌と金床?
いや、親方の場合は鉄砧だが、特別製なんだよな。
未だに素材がどうなってるのかわらんからな。
「親方、何と言ったらいいのか・・・・こんなの受け取っていいのか?」
「本来なら10年前、てめえがダンジョンから戻ったら渡すはずだったんだ。ずいぶん遅くなったが。」
俺はありがたく受け取った。
だが俺は親方に会えた喜び、そして槌と鉄砧を親方から頂いた事で親方とセシーリアちゃんの会話と、祝儀と言う単語の事を突っ込み忘れ、そのまま忘れてしまっていた。
俺は周囲からはセシーリアちゃんと夫婦扱いされている事を知らなかった。
何で?
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