第40話 少女の恋……百瀬香奈の場合⑪

どこか、遠い場所。


車が停まると、「降りろ」と、チンピラの内の誰かが言った。


 フルフルと首を振って拒否するも、髪を引っ張られ、乱暴に引きずり下ろされた。


 それから、数メートル歩かされ、どこかに無理やり寝転がらされると、服をはぎ取られそうになった。


 必死に抵抗するけれど、男の力に適うはずもなく。


 下着だけになるまでに剥かれると、チンピラの内の誰かが言った。




「なぁ、口枷と目隠し取った方が面白いんじゃね?」




 そうだなと、仲間内の誰かが同意し、私の視界が晴れた。


 どこか知れない、廃工場のような場所。


 薄暗い室内で、私の体を視姦する男達だけが認識できた。


 人を蔑むことに愉悦を感じているような、そんなクズたちの顔を見ていると吐き気が止まらなかった。


 キッと睨みつけるも、手足を縛られた状況ではただ滑稽なだけで。


 チンピラ達はそんな私を見て、ゲラゲラと笑った。


 死ぬ程悔しくて、涙が出た。


 そんな私の姿を見て欲情したであろう誰かが、私の下着に手を掛けた。


 覚悟はしていた。


 けれど、実際にその瞬間が来てしまうと、恐怖や悔しさで頭と心の中がぐちゃぐちゃになった。


 い、嫌だ。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。




「誰か……助け……」




 声にならない声で、助けを求める。


 けれど、そんな言葉は誰にも届かなくて。


 現実は残酷に、無常に、私の心と体を蝕んでいく。


 あぁ、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


 私がもっと素直な人間だったら、こんな事にはならなかったのだろうか。


 このチンピラ達に絡まれた時に、素直に他の誰かに助けを求められるような人間だったら、こんな事にはならなかったのだろうか。


 あるいは素直に七月に想いを伝えられるような人間だったら、違う未来もあったのだろうか。


 そんな事、今考えたって意味がないのは分かっていた。


 けれど、過去を悔いて嘆いてしまうほど。


 私が置かれたこの状況は、あまりにも惨く、受け入れがたいものだった。


 あぁ、私がもっと素直になれていたら……




 そう、自分の全てに絶望していると、チンピラの一人が私のブラジャーを無理やり剥ぎ取ろうとした。




「やめて……」




 窮地に追い込まれ、自分の心にある本当の気持ちを、初めて素直に言葉にすることができた。


 情けなさや不甲斐さを通り越して、もはや可笑しくなってきた。


 伝えるべき相手には素直になれず、こんなヤツらには言いたいことが言える。


 私は本物のバカだと、そう思った。


 こんなバカには、こんな仕打ちが待っていて当然だと……




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」




 そう、全てを諦めかけた、その時だった。



 私が引きずられてきたであろう方向から、叫び声が聞こえてきた。


 チンピラ達は手を止め、全員悲鳴が聞こえてきた方へと視線を配る。


 おそらく、見張りでもしていた仲間の声だったのだろう。


 どうしたと、チンピラの一人が声を掛ける。


 しかし、その悲鳴の主からは、何の反応も返っては来なかった。


 不審に思った一人が、様子を見に行く。


 けれど、その数秒後、様子を見に行った男が、文字通り、悲鳴と共に“吹き飛んでくる”のを、私はこの目で確認した。


 その場にいた全員が、唖然とする。


 一体何が起こっているのか、私には理解できなかった。


 それはチンピラ達も同じようで、緊張感と恐怖を孕んだ沈黙が、廃工場全体に広がっていく。


 そんな気味の悪い暗闇の中を、一人の人間がゆっくりと、それでいて力強い足取りで進んでくる。


 肌をピリピリと伝う殺気と威圧感。


 明らかにこの世の物とは思えない、そんな形相した“鬼”が、私達の目の前に姿を現す。


 手に持った鉄パイプは、形が歪むほどに強く握り潰されていた。


 その場にいた全員が、ひっ、と息を飲む。




「お前ら……」




 鉄パイプを歪め、返り血を浴びた男が言う。


 低く、それでいて不機嫌そうな、聞きなれた声音。


 けれど、それはいつものアイツの声とは全くの別物で。


 視界に入った者の全てを滅茶苦茶に破壊してしまうような危うさが、今のアイツからは溢れていた。


 アイツの、こんな表情は見たことがなかった。


 助けに来てくれた、そのはずなのに。


 私でさえ、恐怖で背筋が凍っていた。




「生きて帰れると思うなよ?」




 憎悪に塗れた声で、男が言う。


 それは、他の誰でもない。


 “七月剣”の、声だった。

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