第39話 少女の恋……百瀬香奈の場合⑩

 駅裏の、人気のない高架下の影。


 そこで、私はみっともなく泣き続けていた。


 今日、私の一つの恋が終わってしまった。

 

 しかも、これと言って何もできないまま。


 一番大切な想いを伝える事ができないまま。


 土俵にすら立てずに、終わってしまった。


 勇気を出して誘い、沢山準備してこの結果なのだから、心に降りかかるダメージはその努力に比例して大きくなる。


 それも、肝心な部分が、一番大切な気持ちを伝えることが、私にはできなかった。


 それが何よりも悔しくて、情けなかった。


 本当に、自分の性格が嫌になる。


 このまま消えてなくなってしまいたいと、そんなマイナスな事ばかり考えて、泣き続けた。


 きっと、この先こんな風に、ここまで心を熱く燃やせるような相手に出会う事はないのだろう。


 思い返せば、今までだってこんな気持ちになった事はなかった。


 つまり、私は初恋をこんな形で終わらせてしまって……


 考えれば考えるほど、心の中が黒く濁っていく。


 けれど、そう簡単に忘れる事は、割り切る事はできなくて。


 私は飽きもせず、グズグズと一人で泣き続けた。




「おねぇさん、どうしたの~大丈夫?」




 そのまま泣き続けていると、どこか聞き覚えのある、けれど、全く知らない誰かが私に声を掛けてきた。


 心配して声を掛けてくれたのだろうか。


 でも、何となく嫌な予感がしたというか、妙な不快感をその声に感じた。


 悪寒を覚えた私は、すぐさまその場に立ち上がり、「大丈夫です」と言おうとして、絶句する。




「……え、おまえ、この前のガキじゃね? おい、こいつ~」




 そこにいたのは、転校初日に私に絡んできたチンピラ達だった。


 前回よりも人数が多く、合計で6人くらいの男達が私に視線を送っている。


 後ろに待機している黒のバンにはもっと人が乗っているのだろうか。


 そんなのどうでも良かったけれど、とにかく悪い予感がして、背筋を這うような悪寒が、私にこいつらと関わるなと告げているようなそんな気がした。



 


「なんだよ、一人で泣いてるくらいなら俺らが慰めてやろうか?」




 リーダー格の男が、笑いながらそう言った。


 それを無視して、私は早足にその場を立ち去ろうとする。


 けれど……




「おい、無視してんじゃねぇよ。お前、本当に生意気だな?」




 力強く、手を掴まれてしまった。


 振りほどこうとしても、全く離れない。


 私が戸惑う様を見て、その男は勝ち誇ったような顔をした。


 この世の全ての粗悪を煮詰めたような、そんな品の無い表情。


 そうして、そいつは後ろに振り返り、仲間達に言う。




「なぁ、こいつで遊ばね?」




 その男が言うと、仲間達は大笑いして盛りあがった。


 ぞわっと、全身に緊張が走る。


 逃げなきゃ、と、そう思い、全力で腕を振り払おうとする。


 けれど、どれだけ頑張っても、男の手から逃れる事は出来なかった。




「来い!」


「い、いや、離して!」




 叫んで、必死に抗った。


 けれど、必死の抵抗も虚しく、私はその男達の乗る黒のバンに詰め込まれてしまう。


 固い何かで目と口を塞がれ、何も話せず、何も見えなくなってしまう。


 分かるのは、チンピラ達が下品に笑い続けているという事だけだ。


 恐怖が、全身を蝕んでいく。


 助けてと、言葉にならない声で叫んだ。


 けれど、誰に伝わるでもなく、誰かが助けに来るわけでもなく、車は私の知らないどこかへと進んでいく。


 窮地に追い詰められた時、真っ先に思い浮かんだのは七月の顔だった。


 受け入れがたい状況を前に、現実逃避してしまったんだろう。


 遠く、七月の声が聞こえるような、そんな気がした。


 けど、そんなのは嘘で、痛い妄想で。


 七月は助けに来ないし、誰も私に味方してくれる人なんていなかった。


 もう、心が壊れかけていた。


 どうして私ばっかりと、覆われた布に涙が滲む。


 けど、もしかしたら、全て私が悪かったのかもしれない。


 素直になれずに、周りに迷惑ばかりかけてきた罰だと。


 そう思うと、不思議と少しだけ正気を保てるような気がした。


 そうだ、私が悪いんだ。


 だから、何をされたって、悲しんだり、苦しんだりする必要なんてないんだ。


 それくらいに、私は価値のない人間なんだと。


 そう、必死に言い聞かせ、私は精神の安寧を保った。

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