第38話 少女の恋……百瀬香奈の場合⑨
時刻は夕方。
古着屋さんを出た後も数件のお店を回り、いい感じに足もくたびれてきた。
明日も学校があるし、そろそろお開きだろうという雰囲気がお互いの間に流れてきた頃。
私は、この夢のような時間が終わってしまう事に対する名残惜しい気持ちを抑えて、変化を求めて元に戻れなくなってしまう恐怖に抗って、七月に声を掛けた。
今日じゃなければダメだったんだと思う。
今、この瞬間。
私と七月の間には、はっきりとさせておかなければならないことがあった。
「な、七月」
「ん?」
「えっと……この前の、昇降口での事なんだけど……」
私が言うと、七月は険しい表情になった。
そうして少しの間考こんで、息を吐く。
七月は覚悟を決めたように、言った。
その瞳には、ここで全ての決着を付けようと、全てを清算しようとする固い意志が映っていたように思う。
「百瀬、すまん……俺、好きな人が……」
七月が全てを語る前に、私は七月の全てを理解した。
全部聞かなくても、分かっていた。
いいや、本当は、それ以上は聞きたくなかったのかもしれない。
まぁ、結末はとってもシンプルで。
私は、七月に選ばれなかった。
たった、それだけの事だった。
たった、それだけなのに。
こんなに悲しい気持ちになるのは何故だろうか。
どうして、胸が痛く苦しく締め付けられるのだろうか。
目頭が熱く、視界がぼやけていく。
何かが零れ落ちそうになって、必死に堪えた。
だめだ、ここで泣いたりなんかしたら、七月にもっと迷惑が掛かる。
七月だって、好きでこんな状況にいるわけじゃいんだ。
今日だって、今までだって、ずっとそうだ。
ずっと、私のワガママに付き合ってくれていた。
だから、これ以上迷惑を掛けるなと、心の中で自分に言い聞かせた。
我慢しろ、私。
そんな声が、頭の中に何度も響く。
「そ、そうよね……私とアンタじゃ……ごめん、忘れて。今日も無理言って付き合せたりしてごめん! じゃ、私帰るから! また明日学校で!」
「あ、おい!」
そう言って、私は七月の前から走り去った。
引き留める七月に背を向け、駅へと続くメインストリートをひた走る。
途中、私の目から流れた涙が、何粒も宙を泳いだ。
我慢していた分もあったのか、涙は止まらない。
でも、よく我慢したと、自分を褒めた。
七月の前で泣くようなみっともない真似をしないで済んだ。
それだけで上出来だと、弱った心を慰めるように、何度も何度も自分を褒めた。
偉い、偉いぞ、私。
頑張った、私。
これだけ頑張ったんだから、もう何も後悔する事なんて……
あぁ、でも、ひとつだけ。
ひとつだけ、後悔している事があった。
それは、あの日の放課後の、突発的な事故みたいな告白を除くと、一度も七月に対して「好きだ」という気持ちを素直に伝えられなかったということだ。
私は、好きな人に好きだと想いを伝えられないままフラれてしまったんだ。
そう考えると、物凄く虚しい気持ちになった。
あぁ、私って本当にバカだなと、自分の幼稚さを悔いる。
本当に、バカで、子供で、素直になれない自分が……
私は、大っ嫌いだ。
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