第37話 少女の恋……百瀬香奈の場合⑧
セレクトショップ、書店、雑貨屋等々。
駅の周辺に集まった様々な施設を、二人で巡った。
友人や、もちろん一人でも買い物に来た事はあったけれど。
それでも、七月と一緒に見て回るのは、また別の新鮮さというか、楽しさがあった。
七月はセンスが良いから、その価値観に触れたり、話を聞けるのが楽しかったのかもしれない。
いや、もっと、根本的な気持ちの問題かもしれないけれど。
とにかく、七月とのショッピングは楽しかった。
そうして、粗方の店を見て回った後に、七月がボソッと言った。
「あ、俺も行きたいとこあんだけど……いいか?」
そう聞かれ、私は二つ返事で首を縦に振った。
断る理由がないどころか、むしろ、七月が行ってみたいお店というのに俄然興味があった。
なんだか、普段は見れない七月の私生活を覗けるみたいで、少しドキドキする。
ノリノリなのがバレないように、澄ました顔をしながら七月の後ろについて行った。
七月に連れられて到着したのは、古びた、けれど物凄くオシャレな雰囲気を醸す建物だった。
ツタの生えた植物が、木目調のタイルや壁に巻き付いている。
ここは……カフェか何かなのだろうか。
恐る恐る、七月の後について店内に入る。
すると、昔懐かしい、安心するような布の匂いが鼻の中に広がった。
「わ、すごい」
「いいだろ。ここ、昔から通ってるんだ」
店内に、溢れんばかりの洋服が並んでいる。
今日、七月が着ている服と系統が似ているから、おそらく、ここは七月が普段洋服を買っているお店なのだろう。
店全体の価格設定を見るに、おそらく古着屋。
けれど、古さや野暮ったさはまったく感じさせず、むしろいい味が出ていて洗練されているというか、安くてうまい的な、コストパフォーマンスを追及うしたようなオシャレなお店だった。
まるで、牛丼みた……いや、それは違う。
どうした私、牛丼に取り付かれ過ぎ、落ち着いて。
「おぉ!つーちゃん久しぶ……」
「あ、マスター。お久しぶりで……」
「か、彼女かい!? おい、つーちゃんが彼女連れてきたぞ!」
「えぇ!? つーちゃんの彼女!?」
「違いますよ……」
七月の姿を見て、嬉しそうに声を掛けてきたおじさんが、私を見て声を荒げた。
中から出てきた女性、おそらく、このおじさんの奥さんであろうその人も、目をまん丸にして私を見た。
えっと、彼女だなんて……そんな……えへへ……
驚く二人に対して、私は満更でもない態度で手を振った。
しかし、七月は満更であるみたいで、いつもの不機嫌仏頂面フェイスで、リンボーダンスの最後の方の棒よりも低い声で、否定の言葉を口にする。
……別に、そんな風に言わなくたっていいじゃん……
「あぁ、友達だったんだね、ごめんごめん。ウチ、古着屋やらせてもらってて、狭いところだけどゆっくりしてってね。何か欲しいものがあったら遠慮せずにいいな。つーちゃんに全部奢らせるから!」
「あらあら、でもそうよね。こんなお人形さんみたいに可愛らしい子が、大仏みたいな顔してるつーちゃんと付き合うわけないわよ……あっ、いらっしゃいませー!」
「二人とも俺の扱い雑すぎません? 俺、一応客ですよ?」
けれど、そんな七月を店主とその奥さんは軽くあしらい、そのまま接客へと戻って行った。
近寄りがたいというか、弄りにくい七月がそんな風に扱われているのは意外だった。
でも、子供みたいにからかられる七月は面白かったし、正直可愛かった。
「仲、いいんだね」
「あぁ……まぁ、親に連れられてガキの頃から来てるからな」
「へぇ、何か憧れるなそういうの、行きつけってやつ?」
「いや、そんな大それたものじゃない」
私達がそう話をしていると、接客をしながら聞いていたのか、マスター夫妻が会話に割り込んできた。
「いやいや、つーちゃんはもう家族みたいなもんだよ! だって、つーちゃんが豆粒くらいの時からつーちゃんの事知ってるんだから。あー可愛かったな、あの頃のつーちゃんは」
「そうそう、つーちゃん、小さい頃ドクロとか十字架とか好きだったよね! 小学生くらいまでは可愛かったけど、中学生くらいからちょっと痛かった……あ、あと「武士」って漢字がでかでかとプリントされた謎Tシャツが……」
「あぁもう! 俺に構ってないで仕事してください!」
「「あはははは」」
七月に叱られて、二人が仕事に戻っていく。
その光景が何だか可笑しくて、笑いを堪えるのに必死だった。
けれど、本当に笑ってしまったら怒られてしまいそうだったので、下を向いて、クスクスと小さく笑いながら自分の顔を隠した。
そうして何とか笑いを誤魔化し、七月を見る。
七月は不貞腐れたような、どこか恥ずかしがっているような表情で言った。
「ここ、レディースとかも取り揃えてるから見てみ。あと、あの二人に変な事言われても無視していいから」
「あ、うん」
七月はそう言うと、自分の服を見るためにメンズコーナーの方へと姿を消した。
本当は一緒に見て回りたかったけれど、七月は照れ隠しも兼ねて一人になったかもしれないので、空気を読んで、一人でレディースコーナーへと向かった。
七月の言う通り、安価で質のいい商品が多く陳連されていて、少し驚いた。
普通のショップで買ったらいいお値段がするような流行りのスポーツブランドのアイテムも、お手軽な価格で販売されている。
これは凄いと息を飲むと同時に、七月のセンスの良さの根源を垣間見た。
しかし、今日は少しばかり手持ちが心細かったので、また再度訪れようと心に固く誓う。
そうしてウィンドウショッピングに勤しんでいると、ある小物が目に入った。
革製の、茶色のブレスレット。
シンプルでいて綺麗な編み込みが特徴的なそれは、異様な存在感を放っており、思わず手に取った私を虜にした。
よく見て確かめると、3500円の値札が張ってあった。
うーん……どうしよう。
この高級感のある質感ならこの値段は仕方がないというかむしろ安いと思うけど、それでも、高校生にとって一つのアクセに掛ける金額としては中々勇気のいる値段だった。
決して買えないわけではないけれど、あんまり無駄遣いをしてしまうのも気が引ける。
でも、古着なら現品限りだろうし……
どうしようと渋い顔をして悩んでいると、自分の服を見終わったのだろうか、七月が私の側に近寄ってきた。
そうして、言う。
「お、いいじゃんそれ」
「うん、すごくかわいいんだけど……」
「……けど?」
「私にはちょっと勿体ないかな。あんまり無駄遣いするのもあれだし」
「あー……」
私がそう言うと、七月は乾いた声で返事をした。
残念だけど、仕方ない。
そう諦めて、泣く泣く手に持っていたブレスレットを元あった場所に戻す。
けれど、私が置いた瞬間、そのブレスレットは隣にいた人物にまた掬い上げられた。
「えっ?」
購入するために持っていたであろうTシャツと、そのブレスレットを無言でレジへと持っていく七月。
私はイマイチ状況が整理できずに、その場で固まっていた。
え、もしかして、私がいいって言ったから……奪った?
ど、どうしてそんな事をするのだろうか。
それくらいに恨みを買って嫌われていたのなら、結構ショックである。
「じゃ、行くか」
そうして会計を済ませた七月は、ご機嫌な表情でそう言った。
マスター夫妻も笑顔で「また来てね!」と見送ってくれて、その場には気持ちの良い雰囲気が充満している。
でも、私は全然良くなかった。
いくら私の事が嫌いだからって、そこまでしなくてもいいではないだろうか。
あぁ、お小遣いためて買いにこようと思ってたのに……
「ん」
「え、何」
「やるよ」
しかし、店を出た直後の事。
七月がそう言って突き出した小さな紙袋を見て、私の不満は昇華される。
袋を開けると、そこには先程私が買うか悩んでいたブレスレットが入っていた。
七月は自分のためにこれを買ったのではなく、私のために買ってくれたみたいだった。
「え、いいよ、そんな……あ、じゃあお金払うから……」
奢ってもらうのは流石に申し訳ないというか、七月にプレゼントしてもらう謂れがない。
そもそも私が無理やり誘いだしたのに、これ以上迷惑を掛けるわけにもいかなかった。
だから、慌ててバックから財布を取り出し、七月にお金を渡そうとした。
けれど、七月は受け取ってはくれなかった。
「いいよ、やる。欲しかったんだろそれ? ほら、あれだ、昼飯作ってもらった分のお返しだ。奢られっぱなしじゃフェアじゃないだろ?」
「で、でも……」
「いいから、貰っとけ」
そう言って、七月は無理やりブレスレットを押し付けてきた。
「ほ、本当にいいの? 後から返せとか言っても聞かないからね?」
「俺の事なんだと思ってんだよ……」
「じゃ、じゃあ……」
悪いとは思いつつも、あまり拒否しすぎるのも変だなと思い、紙袋から中身を取り出して手に付けた。
ブレスレットはやっぱり可愛くて、上質な皮の質感がよく手に馴染んだ。
「あ、ありがと……」
「おぅ」
喜んでいる顔を見られたくなくて、うつむきがちに七月にお礼を言う。
すると、七月は簡素にそう頷いて、私の数歩前を進んでいった。
広い背中が目に映る。
体は大きくても、こういった細やかで繊細な気配りには事欠かないのが七月剣という男だ。
律儀だなぁ……と甘い溜息をつきながら、手に巻き付けられてブレスレットをぎゅっと掴む。
これは一生大事にしようと、そう思った。
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