第36話 少女の恋……百瀬香奈の場合⑦

「美味い」


「そ、そう……」




 私が昨日の晩から仕込んでいたおかず達を頬張りながら、七月が言う。




「百瀬は食わないのか?」


「私は……お腹一杯だからいいや。七月全部食べていいよ」


「そうか、じゃあ、遠慮なく」




 私がそう言うと、七月はがつがつと残りの料理を平らげていった。


 調子に乗って作りすぎたんじゃないかと思っていたけど、全然そんな事はなくて。


 むしろ足りないんじゃないかと心配してしまうくらいに、七月の食べっぷりは豪快だった。


 そんな七月の姿を見て満足してしまった私は、お弁当には手を付けず、七月に奢ってもらったミルクティーを飲んで、ほっとひと息ついていた。


 やっぱり男の子なんだなぁと、しみじみ思う。


 良かった、喜んでもらえて。




「ご馳走様でした。お前、意外と料理上手いんだな。しかも日本食……てっきり、テイクアウトしたハンバーガ―とかパンパンに詰められてるんじゃないかってヒヤヒヤしたぞ」


「なっ……そ、そんなわけないでしょ!?」


「冗談だよ。とにかく美味かった。ご馳走様」


「そ、それならいいけど……」




 七月の軽口に驚き、応戦しようと言い返すも、軽くあしらわれて、不完全燃焼のまま会話が終わってしまった。


 何だろう、今日の七月はいつもよりも柔らかいような、紳士的なような、そんな気がする。


 どんな心境の変化があったのかは知らないけれど、そんな接し方をされると調子が狂う。


 本当なら、私が七月を翻弄して、惑わさなければいけないのに。


 さっきから振り回されているのは私ばかりで、何だか自信がなくなってくる。




「午後からどうする? 行きたいところとかあんのか?」


「うーん、色々見てみたところはあるけど……」


「そうか、じゃ、行くか」


「え、いいの?」


「は? 何が」


「……いや、何でもない」


「お、おぅ……」




 七月はそう言うと、ベンチに広げた包や箸、弁当箱をささっと片付けて立ち、駅の方へと向かおうとした。


 そんな七月に、私は戸惑った。


 当たり前のように、午後も付き合ってくれる事に驚いてしまったのだ。


 でも、嬉しかった。


 まるで恋人同士のようなやりとりに、酔いしれてしまった。


 あぁ……次はどこに行こう……




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