第35話 少女の恋……百瀬香奈の場合⑥

 午前中はアミューズメントパークに足を運んだ。


 アミューズメントパークとは、スポーツ施設やゲームセンターなどの遊び場が複合している娯楽施設だ。


 七月は体を動かすのが得意だろうから、教えを請いながら甘えて女子力を見せつけてやろうと、そんな思惑があって訪れたつもりだったんだけど……


 七月が本気で取り組み過ぎて、私の想像していたものとは全く別物の状況に陥ってしまっていた。


 キャッキャッウフフだなんてとんでもない。


 ターキを決めて吠える七月。


 スリーポイント対決で100点差を付けて私を負かす七月。


 卓球でえげつないスマッシュを撃つ七月。


 取り付く島もない程に、七月はスポーツに熱中していた。


 まるで、獣のように。


 正直、ドン引きしている自分がいた。


 アスリートというのは皆こんな脳筋ばっかりなのだろうか。


 こんな、デートで女の子のエスコートもしないような……


 もしそうだと言うのなら、教育委員会は今すぐに全国の高校生の部活動を禁止にするべきだ。


 ……まぁ、でも……




「百瀬! 次何やる?」




 七月の死ぬ程楽しそうな表情が見れるのは、正直悪くなかった。


 今まで見た事のないような、純粋無垢な笑顔。


 子供のようにはしゃぐ七月を、不覚にも可愛いと思ってしまっていた。


 クールで寡黙ないつもの七月もいいけれど、こういう幼い七月もギャップがあってまた……


 はっ、ダメだダメだ。


 振り向かせるはずが、私が見惚れてどうする。




「そろそろ昼か……おい百瀬、お前なんか食いたいもんある?」




 そうしてはしゃいでいるうちに時間が過ぎ、時刻はお昼時になっていた。


 上着を羽織りながらそう聞いてくる七月に、私は何も答えられずにいた。


 何故なら、策があったからだ。


 実は今日、私はお弁当を作って来ていたのだ。


 日本の男は家庭的な女に弱いと聞いた。


 だから、胃袋から気持ちを掴もうと、そう思っていたのだけれど……


 まずい……恥ずかしい……


 お弁当作ってきたって言うの、恥ずかしい……


 世の女の子達は、よくこんな恥ずかしい代物を手渡せるなと呆れると同時に感心してしまう。


 ど、どうしよう……折角作ってきたのに、このままじゃ無駄になってしまう……




「特にないなら勝手に決めるけど……まぁ……とりあえずファミレスとかでいいか……あ、でも牛丼食いたいな……」


「待って」




 私が押し黙っていると、七月が不意にそんな事を言い出したので、食い気味に制止した。


 ない、牛丼だけは絶対にない。


 いや、牛丼美味しいし好きだけど、今じゃない。


 というか、この男何を考えてるの!?


 普通、女の子と遊びに来て牛丼提案しないでしょ!?


 バカなの!? ガキなの!?


 え、もしかして私男友達か何かだと思われてる!?

 

 ……友達と思われてるなら嬉しいけど……いや、でも、やっぱり嫌!


 羞恥心と、カウンターで肩を並べて牛丼を頬張る未来とを天秤にかけて、ギリギリで素直にお弁当を作ってきた事を白状する方が競り勝った私は、リュックに入っていた包みを取り出し、七月に手渡した。




「……ん」


「え、何これ?」




 どんっ、と七月の前にそれを突き出すと、七月は怪訝な顔をして受け取った。




「お昼、作ってきた……」


「は? ……え、マジ?」




 私がそう言うと、七月は更に怪訝な表情になった。


 眉を八の字に歪め、手に持った包を怪しげに眺めている。


 気持ちは分からなくもなかった。


 そんなに仲良くもない女から突然遊びに誘われて、その上手作りお手製弁当まで用意されたら、誰だってそんな顔になるのは当然だと思う。


 おそらく、「え、何だよこいつ急に……」だとか、「お、重い……」とか、思われてしまっているんだろう。


 引かれていたって文句は言えない。


 でも、今更引き下がるつもりなんて毛頭もない。


 何を言われたって、何を思われたって、私は強気でアピールを……




「そうか……じゃあ、どっかそこらの公園で食うか」


「えっ……あ、うん……」




 しかし、私の予想とは裏腹に、七月の反応は素っ気ないものだった。


 気持ち悪がられても仕方がないと割り切っていた分、どこか拍子抜けと言うか、面を食らってしまった。


 いつもの七月だったら、嫌味の一つでも言ってくるはずなのに。


 それなのに、やけに素直で常識的な返答に、かえって恐れを抱いてしまう。


 コイツ……何か企んでいるのだろうか……


 ま、まさか、実際に口にしてから、マズイと言って投げ捨てようとでもいうのだろうか。


 そんな上げて下げるような高等テクニックを披露されてしまったら、私は心が壊れてしまう自信があった。




「何だよ?」


「え、あ、いや、えっと……何か言う事ないのかなって思って……」


「は? あぁ、それもそうだな」




 警戒心の強い猫のようなジト目で七月を睨んでいると、七月もまた、眉をひそめた。


 それに対して私が答えると、七月は妙に納得したような表情になって、言う。




「ありがとう」


「……へ?」


「だから、昼飯作って来てくれてありがとう」


「……っ」




 純粋に、素直に、真っ直ぐに。


 曇りなき眼で、七月は感謝の言葉を口にした。

 

 いや……えっと……確かにそうだけど。


 何かをしてもらったら、ありがとうって言うのは当然だけど。


 正直滅茶苦茶嬉しいけど、そうじゃなくて。


 私が指摘したのは……そういう意味じゃ……


 あぁ……もう……




 七月のふとした一言で。


 私はより一層、“七月剣”という名の沼に深くハマって抜け出せなくなってしまった。

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