第34話 少女の恋……百瀬香奈の場合⑤
AM:10:00
週末の、少しだけ早い朝の時間帯。
人もまばらな駅の構内で、私はある男を待っていた。
直立不動で、腕組をしながら人を待つその姿は、傍から見れば、まるで今から果し合いでも行はれるのではないかという異様な雰囲気を放っていたと思う。
けれど、あながち間違いではない。
今日は、ある意味では勝負……いや、戦争と言っても過言ではなかった。
私と言う名の戦闘機は、今からこの場に現れるであろう“七月剣”という名の敵機を必ず堕とさなければならない。
今日一日を掛けて、女子力と言うなのミサイルをアイツにぶち込んで、篭絡しなければならない。
それが、今日の私に課された絶対の使命だった。
土曜日(昨日)を丸一日使って、準備は万端。
臨戦態勢につき、いつでも戦闘を開始できる状態だ。
開戦に当たって、まず一手。
七月は、時間や規則には厳しそうな印象がある。
遅刻なんてもってのほか、おそらく、集合時間10分前には待ち合わせ場所に到着するタイプの人間だと、そう思う。
だから、私は30分も前からこの場所に来て、アイツの事を待っていた。
日本の男は、健気で献身的な女の子に弱いと聞いた事がある。
例に漏れず、いや、むしろ昔気質な部分がある分、このアピールはアイツに刺さるとそう思った。
ふふふ、かかったな七月。
先制のジャブは打たせてもらおう。
「……おはよう」
「お、おぅ……」
それから20分後、私の読み通り、七月は集合時間10分前に姿を現した。
よし、私の読み通りだと、心の中でガッツポーズをする。
しかし、私の期待とは裏腹に、七月の反応はイマイチだった。
ど、どうしてだろう……完璧な作戦だったのに……
と、衝撃を受けるも、翌々考えると簡単な事だった。
そもそも、私の“集合場所に早く到着して、健気に彼を待つ私”アピールは、正統派のデート、すなわち、お互いに想い想われる関係性、お互いにデートを楽しみにしていた状態を前提とした攻めなわけで。
貴重な休日の早朝から引っ張り出せれた七月からすれば、迷惑な女がノリノリで更なる迷惑を掛けに来ているようにしか見えないのである。
そう思うと、死ぬ程痛いな私……
……いや、ダメだダメだ。
そんなの、私が七月にとって迷惑で痛い女だなんて事、はじめっから分かり切っている。
だから、今更これしきの事で心を痛めるわけにはいかない。
私には後がないんだ、図々しいくらいが丁度いい。
気を取り直してガンガンアピールしていこう。
そ、そうだ、おしゃれはどうだろうか。
今日は、かなり気合を入れてきた。
ここに来るまでに何人かの男性とすれ違ったけれど、皆、その場に立ち止まって私の後ろ姿を見送っていた。
だから、全然おかしくはないはずだし、むしろイケているんじゃないかと思う。
さて、七月はなんて言ってくれるのだろうか。
も、もしかして、かわいいとか、褒めてもらえたり……
「とりあえず、今日はどこに行くんだ?」
しかし、私の淡い希望はいとも簡単に爆撃される。
こ、この男……あり得ない……
どうして、こんな乙女心の一つも分からないヤツがモテるんだろう……
そんなシンプルな疑問が脳裏を過る。
けれど、七月の姿を見て、すぐに合点がいった。
長くすらっとした足に、頼りがいのある大きな肩幅。
飾りすぎず、適度に流行を抑えたシンプルな服装。
普段は見られない、ニットキャップを被った可愛らしい顔。
まるで、モデルみたいだった。
これを嫌いという女子は、ほとんどいないと思う。
悔しいけど、ぐうの音も出ないほど、七月は格好良かった。
「し、知らない……」
「は? いや、お前が誘ったんだろうが……」
「う、うるさい!」
そう言って、子供みたいに不貞腐れて駅の中を歩いていくと、ぶつぶつと文句を言いながら七月が後をついてきた。
自分から無理やり誘っておいて、機嫌を損ねて不貞腐れる。
我ながら最低な女だと、そう思った。
こんなはずじゃなかったのに……と、そう弱気になるも、斜め後ろについてくる七月の暖かみや優しさを感じて、ほんの少しだけ嬉しくなってしまう。
何やかんや言っても、こうやって相手をしてくれる。
そういう不器用な優しさが、たまらなく好きだった。
よし、気持ちを入れかえよう。
今日はまだ始まったばかりだ、いくらだって挽回できる。
七月に楽しんでもらうためにも頑張ろうと、そう意気込んで、私は前を向いた。
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