第26話 少女の恋……式守有希の場合⑧

 そうして何とか開始時間までに準備を済ませ、私は舞台袖に立っていた。


 全校生徒の歓声や笑い声が会場中に響く。


 反応は上々。


 どうやら、生徒会企画の受けは良かったらしい。


 良かった……と胸を撫で下ろし、その場にへたり込んだ。


 学校中を走り回った疲れが今になって出てきたらしく、足に思うように力が入らなかった。


 いや、だめだ、まだ終わっていないんだ。


 そう思いながらも、体全体が重く、意識は鈍くなっていく。


 幸い、私の出番は最後だ。


 今は少しだけ体を休めようと、そう思い、何かの段ボールに腰掛け、目を瞑り、会場全体の声に耳を傾けた。


 生徒達の楽しそうな声が聞こえてくる。


 それだけで、頑張った甲斐があったと、苦労が報われたような気持ちになった。




 そうしているうちに私の順番が近づき、そろそろかと立ち上がろうとする。


 しかし、その瞬間、立ち眩みが私を襲い、目の前の視界が揺らいだ。


 あ、まずい、倒れる……と、そう思ったけれど、そうはならずに、倒れてしまう直前で、誰かが私の腕を掴み、支えてくれた。




「大丈夫ですか?」




 私を引っ張りあげながら、少し低い、それでいて安心するような声音でそう言った彼が誰なのかは、皆さんもお気づきの事だろう。


 それは、いつも私を助けてくれる、ヒーローみたいな後輩、七月君で……え、七月君じゃない?


 漆のように黒く、長い髪。


 制服のスカートから見える、健康的でスラっとした足。


 くりくりとした目、モデルのような雰囲気。


 絶世の美女が、私を見つめていた。


 だ……誰だろう……




「……え、七月君!?」


「はい……そうですけど……」




 それは、女装をした七月君だった。


 あまりの違和感のなさに、一瞬見分けがつかなかった。


 こんなに綺麗な女の子、この学校にいたんだと、そう思ってしまった。


 やっぱり、顔やスタイルが整っている男の子は、女装をしても様になるのだろうか。


 アイドルグループとかに応募しても、良いところまで行くんじゃ……




「……ぷっ」


「……どうして笑うんですか」


「いや、ごめんね……えっと、あまりにも七月君の女装が似合い過ぎてて、何だかおかしくなっちゃって」


「ぐっ……俺だって好きでやってるわけじゃないのに……」


「あはは、ごめん、すごくかわいいってことだよ。だから……拗ねないでよ」


「拗ねてません」




 そう言って、プイッとそっぽを向く七月君。


 いつもの不機嫌フェイスが、より曇っていく。


 そんな彼が堪らなく愛おしくなって、私は言った。




「髪、ぼさぼさになってるよ? 直してあげるから、こっちにおいで」


「え、本当ですか? ……すいません、お願いします」




 私にそう言われて、七月君は慌てて自分の頭を撫でて、ボサボサになっているかどうかを確認した。


 けれど、暗がりでどうなっているのかがよく分からなかったのか、普段では有り得ないくらいに素直に私の言う事に従ってくれた。


 そんな彼の頭を、私は優しく撫でる。


 本当は、ぼさぼさになんてなっていなかった。


 ただただ、労いの気持ちが、感謝の気持ちが溢れていたから。


 だから、そんな嘘をついてまで、彼の頭を撫でたのだ。


 七月君がいなかったら、私達の最後の仕事は大失敗に終わっていたかもしれない。


 いいや、今回だけじゃない。


 ずっと、そうだった。


 ずっと、私は彼に支えられていた。


 けれど、それも今日でおしまい。


 苦楽を共にするのも、会長と副会長という関係性も、全てが終わってしまう。


 だから、言いたかった。


 想いを、伝えたかった。




「ありがとね、七月君」




 何度も頭を撫でながら、そう言った。


 借りてきた猫のように、そのまま微動だにせず固まっている七月君。


 しばらくすると、照れ臭そうに私の手を払い、彼は言った。




「何湿っぽくなってるんですか、まだ終わってませんよ。全部終わってから言ってください、そう言うのは」


「あはは、それもそうだね」




 伏し目がちにそう言う七月君を見て、思わず萌えてしまう。


 なんだ、そんな顔もするんだなと、年相応の、年下の顔を見せた彼が堪らなく可愛く見えて、思わず笑みが零れてしまう。




「最後のトリを務めるのは~」




 そう、司会を務める役員の声が会場に響く。


 私達の出番が来たみたいだ。




「じゃ、行こっか」


「はい」




 そう言い、七月君の手を取り、エスコートした。


 今は、私が彼を導く番だ。


 そして、これからは、私が誰かを支える番だ。


 私が、七月君に支えてもらったように。


 私もまた、誰かに手を差し伸べられる人間にならないといけない。


 七月君のようになれるか、不安だった。


 でも、逃げるわけにはいかなかった。


 私が七月君に貰ったものは、必ず他の誰かに与えてあげなきゃダメだと、そう思った。


 だから、私は……




「会長! 頑張って!」「頼みますよ!」「最後、派手に盛り上げてください!」




 スポットライトが照らす場所へ踏み出そうとしたその瞬間。


 不意に、そんな声達が背後から聞こえてきた。


 振り返ると、そこにいたのは生徒会の仲間達、後輩達だった。


 私の最後の花道を飾ろうと、そう鼓舞してくれたらしい。


 そして、フロアの方からも声が聞こえてくる。


 「頑張れ」だとか、「いいぞ」だとか、全校生徒が私を応援してくれていた。


 それは、純粋に私に向けられたものではなく、この企画をもっと盛り上げろという意味合いでの応援だったんだと思う。


 でも、それでも、私に向けられた言葉ではないと分かっていても、そう言う風に言ってもらえたのは嬉しかった。


 まるで、一歩を踏み出す決意をした私の背中を押してくれてるみたいで。


 すごく勇気をもらえたような、そんな気がした。


 


 眩い光に包まれるステージは、まるでこれからの私の人生を暗喩しているかのようだった。


 日の当たるところには、様々な試練や視線がある。


 プレッシャーで立ち上がれなくなる時だってあるだろう。


 周囲の視線が怖くなる事だってあるだろう。


 でも、それでも。


 しっかりと、見てくれる人だっている。


 声援を送ってくれる人だっている。


 それが分かっただけで、充分なんだと思う。


 それだけで、私が生徒会長として働いたこの学園生活には意味があったんだと思う。


 


 七月君を見る。


 彼は優しく、こちらに微笑みかけてくれた。


 あぁ、この笑顔を見れただけで、満足だ。




 私の“青春”全てをかけた、生徒会活動。


 辛い事も、苦しい事も、悲しい事も沢山あったけれど。


 それでも、こうして沢山の人に恵まれ、温かい言葉を貰って、大切な事を学ぶことができて。


 何より、こんな素敵な子に恋をして、隣に入れたことは、私の人生においてかけがえのない宝になるのだろうと、そう思う。




 一年前の私だったら、こんな言葉は死んでも口にしなかったと思う。


 でも、今なら、心からそう言える。


 私は……




 生徒会長になって、本当に良かった。

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