第27話 少女の恋……式守有希の場合⑨

「いやー色々あったけど、大成功だったね生徒会企画」


「そうですね」




 文化祭から数日が経ったある日の放課後、二人きりの生徒会室で、私と七月君は話をしていた。


 文化祭の反省会というか、アフターカバーというか、そんな定例ミーティングを行ったあとに、二人残って、遠い昔を懐かしむように、しみじみと語らいあっていた。




「でも、これで私の役目も終了。晴れてお役御免というわけだね」


「はい……会長、一年間お疲れ様でした」




 七月君の何気ない一言に、思わず涙を流しそうになってしまった。


 そうか、これで本当に終わりなんだと思うと、色々な思い出が脳裏に蘇ったからだ。


 最近、涙腺緩くなったな私……


 けれど、だめだった。


 このタイミングで泣いてしまったら、絶対に気まずくなる。


 だから、今は我慢しなければ。


 家に帰ってから思いっきり泣きはらそうと、そう思って、涙をぐっと堪えた。




「あはは、ありがとう。次の大きな仕事は生徒会長選挙だね。七月君は立候補するの?」


「一応、そのつもりです」


「そっか……まぁ、私が言うのも何だけど、無理だけはしないでね。会長になると細かい仕事が多くなるし、七月君は部活もやってるから大変……」


「いや、まずは生徒会選挙で勝たないと」


「あはは、心配しなくても大丈夫だよ。絶対に七月君が勝つから」


「えぇ……何ですか、その謎信頼」


「うーん……勘? 生徒会長を経験した私から見れば、七月君からはプンプン匂うよ。面倒事から逃げられない人間の匂いが」


「うわ最悪」


「あはは」




 そう言って、夕日が照らす教室の中、二人で笑い合っていた。


 こうやって何気ない会話で笑い合うことも、なくなっていくんだろう。


 生徒会室で頭を悩ませるのも、愚痴を言い合うのも。


 仕方がない事だ。


 生きていれば、出会いもあるし、別れもある。


 楽しい時間にも、必ず終わりは来る。


 分かっているけれど、やっぱり寂しかった。


 でも、そんな気持ちを彼に見せるわけにはいかない。


 会長として、後輩の背中を押してあげなければいけない。


 だから、私は、無理やりにでも笑顔を作って、言った。




「まぁ、生徒会の事、よろしく頼むよ。大丈夫、君なら絶対できるから」




 厳格で、実直で、優しい彼だから。


 嫌な顔をしつつも、結局は手を差し伸べてしまう彼だから。


 私は、胸を張ってそう言えた。


 私が死に物狂いで繋いだバトンを、彼になら託せると、そう思ったから。


 だから、私は、心置きなく引退でき……


 


「会長……いや、有希さん」




 不意に放たれた彼の一言に、私の心臓は跳ねる。


 初めて、七月君に名前で呼ばれた。


 突然の事で、頭が混乱してしまう。


 一体、彼はどうしてしまったのだろう。




「えっと、すいません。引退するのに会長って呼ぶのも変かなって思って……嫌……でしたかね?」


「え、あ、だ、大丈夫だよ、うん……そうだよね、私、もう会長じゃないもんね……えっと……だから……名前でいいです……はい……」




 彼の言い分を聞き、もじもじとしながら名前で呼ぶ事を許可した。


 いや、でも……普通は苗字とかなんじゃ……とそう思いつつも、言葉にはしなかった。


 なぜなら、彼に名前で呼ばれるのが素直に嬉しかったから。


 まるで、これからもそう呼んでもらえるんじゃないかと、そう思ったからだ。




「多分、有希さんは弱いんだと思います」


「……え?」




 喜びも束の間、彼から放たれたその言葉に、私は愕然とする。


 突然、貶されてしまった。


 えっと……確かにそうかもしれないけど……一体どういう事?


 もしかして、最後だから、今までに溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうとしてるんじゃ……




「すぐ悩むし、一人で抱え込むし、その癖周りに頼らないし、しんどくてもしんどくないって嘘つくし」


「な、七月君?」


「でも、絶対に逃げなかった」




 想いを寄せる男の子からの思いも寄らない精神攻撃に耐えかねて、制止するも、言葉には続きがあったみたいで。


 私は、彼の言葉に耳を傾けた。




「絶対に、自分以外の誰かが苦しむのを許さなかった。何があっても、どんなに辛くても途中で投げ出したりしなかった。それって、簡単にできる事じゃないと思います」


「え、えっと……」


「俺は、ずっと有希さんの事、尊敬してました。有希さんみたいな人間になりたいってずっと思ってました。多分、これから先も、その想いは変わらないんだと思います」


「…………」




 彼の言葉に、私の心は救われた。


 寂しい気持ちや、名残惜しい気持ちが、すぅーと晴れていく。


 私が嫌いだった私を、認めてくれていたのは彼だった。


 それだけでもう、満足だった。




「でも、それは恋愛的な感情ではなくて……すいません」




 俯きながら、彼が言う。


 何とも言えない表情で、頭を下げている。


 そんな彼に、私が掛けてあげるべき言葉は一つだけだろう。


 そんな風に思えてもらっただけで、私は充分だった。




「あはは、大丈夫だよ。ありがとう、そんな真剣に考えてもらって」


「有希さん……」


「でも、七月君がそんな風に私の事思ってくれてたなんて意外かも。てっきり、私が頼りなさ過ぎて、呆れられてるのかと思ってた」


「そんなわけないじゃないですか」


「えーそうかなぁ。でも、私が仕事してる時、たまに不機嫌そうに見てたりしてたじゃん」


「それは……」




 湿っぽい空気にしないために、あえて冗談っぽく彼をからかった。


 けれど……




「それは、副会長なのに頼ってもらえなかったから、少し寂しかっただけです」


「っ……」




 彼のその一言で、かえってこっちが恥ずかしい気持ちになってしまう。

 

 そんな可愛い事を言われてしまったら、どうにかなってしまいそうだった。


 不愛想でぶっきらぼうに見せかけて、母性本能をくすぐるこの感じ。


 彼は……本当に……




「ほんと、七月君は年上キラーだね」


「……いや、全く」




 私がそう言うと、七月君はしばらく考えた後、首を横に振った。


 何故か、今までで一番自信のなさそうな様子。


 七月君の顔は、心なしか引きつっているように見えた。


 もしかして、年上の女の人に弱みでも握られているのだろうか……

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