第4話 春に焦がれて④

 放課後。


 学校全体が騒がしくなり、生徒も教師も忙しない様子が際立つ夕暮れ時。


 部活の準備をする生徒。


 塾に行く準備をする生徒。


 友達と遊びに行く生徒。


 行先も目的も様々で、学校というこの場所に、いかに多種多様な人間が集まっているのかを物語っているようだった。




「春ちゃん先生さようなら~」


「はい、さようなら」




 飛び交うあいさつに、疲れた笑顔で返事をする。


 どうしてこんなにも疲弊してしまっているのかというと、原因は、とある“生徒”にあった。


 結局、あの後仕事にはまるっきり手が着かずに、ズルズルと放課後を迎えてしまった。

 

 この状態に陥ってしまうと、仕事に対する意欲を立て直すのは難しくなる。


 いっその事、今日は区切りのいいところで切り上げて、早めに帰ろうかなぁ……でも、仕事全然終わってないなぁ……などと考えながら歩いていると……




「だから、アンタが好きだって言ってんでしょ!」




 また、そんな叫び声が聞こえてきた。


 ………………。


 ……まさかと、怒号にも似たその声が聞こえる方向に視線を向ける。


 そこには、顔を真っ赤にして走り去って行く美少女と、下駄箱の前に取り残される男子生徒が一人。


 見覚えのあるその後ろ姿に、私はまた大きな溜息をつく。




 …………七月君、君はなんて罪な男なんだ…………



 

 私だけではなく、周りにいた全ての人間が好奇の目を彼に向けていた。


 流石に三度も告白の場に立ち会っていた事を知られてしまうのはマズいので、七月君に気づかれる前に、そっと立ち去ろうとする。


 けれど、今回は遅かった。


 不意に後ろに振り返った七月君と、ガッチリ目が合ってしまったのだ。




「「あっ……」」




 周りの生徒達が気まずさに耐えきれず、そそくさとその場を離れて行く中で、一人だけ取り残され、なおかつ目までもが合ってしまった私が知らんぷりをするわけにもいかずに、かといって何と声をかけていいのかも分からずに、そのまま数秒立ち尽くす。





「……えっと……これは……」





 そうしていると、戸惑ったような様子で七月君が口を開いた。


 おそらく、自分のプライベートな部分を大人に見られたのが恥ずかしかったのだろう。


 思春期の男の子なら当然だ。


 それに、顔見知りな分、恥ずかしい気持ちも大きくなるはず。


 気持ちは痛い程分かったので、私はなるべく七月君の羞恥心を刺激せず、かと言って冷たくならないような言葉を掛けた。





「あはは……青春だね……」




 そう、青い春。


 若くて、未熟で、余裕のない、けれども熱く、真っ直ぐな想いで溢れるその姿は、尊く、そしてかけがえのないものだと私は思う。


 だから、彼ら彼女らの想いや言葉は素晴らしいものだし、恥ずかしがる必要なんてないんだと、そう言ってあげたかった。


 けれど、教師という立場もあってか、何となく直接的で個人的感情の籠った言葉を掛ける気にはなれなかった。


 ウザがられるのも怖いし、あまりナイーブな部分に立ち入るべきではないと、そう判断したからだ。


 だから、雰囲気だけでも和まそうと、私は彼にそんな言葉を掛けた。


 けれど、そんな想いとは裏腹に、七月君の顔はまったく笑っていなかった。


 笑っていないだけならまだしも、もはや無表情というか、不機嫌さすら感じ取れる始末。


 刃のような、鋭い視線がこちらを刺す。


 私の乾いた笑い声だけが、放課後の廊下に響いていく。







 ……え、私余計な事言ったかな?

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