第3話 春に焦がれて③
「はぁ……びっくりした……」
昼休み。
保健室で一人、通勤途中に買った菓子パンを頬張りながら、常備しているインスタントコーヒーを口に流し込む。
そうして口の中に入っていたものの全てを飲み込む代わりに、深い溜息が体の芯から漏れた。
先程目撃したあの光景が、今も鮮明に頭の中に焼き付いている。
一年半この学校に勤めて、初めてあんなシーンを目にした。
それも、比較的よく知っている生徒のものをだ。
小中高大院全て女子高だった私にとって、それはあまりにも衝撃的だった。
動揺せずにはいられなかった。
次、保健室に七月君が来たら、一体どんな顔をしたらいいんだろう……
そんな事を考えながら、はぁ……と二度目の溜息を着く。
気まずいと言うか、何と言うか……
しかも、目が合ってしまっている分余計質が悪い。
あの場における私の存在が知られていなければ、何もなかったように知らんぷりすることだってできたはず。
でも、こうなってしまったら、当事者にバレてしまっていたら、もうどうすることもできない。
かと言って、七月君を避けるわけにもいかないし……
ど、どうしよう……と、意味もなく頭を抱え、また、お腹の底から溜息を吐いた。
けれど、そんな憂鬱な気分とは相対的に、どこかワクワクしている自分が存在しているのもまた事実だった。
若く眩い輝きを、まるで映画や小説みたいだと、そう喜んでいる自分がいた。
そうして胸のドキドキやモヤモヤを抑えられなくなって、いてもたってもいられなくなった私は、保健室の扉を開け、周囲に保健室を利用する生徒がいない事を確認し、扉に鍵をかけて部屋を出た。
悩んだ時や、考え事をする時。
私は校内を散策して気持ちを落ち着かせる事が多い。
保健室を留守にするのはあまり良くないことなのだけれど、何か緊急の職務が発生すれば放送で呼び出されるだろうし、外出するのも精々10分くらいだ。
申し訳ないけれど、今日は大目に見てください。
そう、意味もなく誰かに言い訳して、緑色の廊下のタイルを踏んだ。
しかし、あの七月君が……
遠く生徒達の賑やかな声が響く昼休みの校舎に、そっと、私の遠慮がちな悩ましい声が落ちる。
いや、たしかに彼はハイスペックかもしれない。
顔も良く(少し怖い)、頭も良く(成績が良い、生徒会副会長)、部活の剣道でも結果(部長兼エース、全国大会とかにも出てたような)を残す優等生。
少し無愛想なところもあるけれど、それもまた同世代の女子達からしたらクールで格好良く映るのだろう。
何と言うか……そう、七月君はまるで、ラブコメや少女漫画の主人公みたいな子で…
「私達、付き合ってみない?」
そうやって“七月剣”君を分析しながら歩いていると、ふと、そんな声が聞こえてきた。
それは、愛を叫ぶ言葉だった。
たまたま通りがかった生徒会室の前。
幸か不幸か、私はまた、生徒の告白シーンに立ち会ってしまったようだ。
うそでしょ……と、口を押さえ、一日に二度も!? と、動揺を隠せずに硬直する。
けれど、すぐさま気を持ち直し、今度は絶対に邪魔をしまいと、早足でその場を立ち去ろうとした。
しかし、入り口のドアを通る際。
開かれたドアから、視界の端に否が応でも人の姿が映りこんだ。
一人は、この学校の生徒会長を務める女の子。
確か、名前は『
何度か話した事があるけれど、凛とした雰囲気を持つしっかりとした女の子で、それでいて優しさや愛嬌も持ち併せている、いわば理想の生徒像みたいな子だったと思う。
そんな子から告白されるなんて、相手の子はなんて幸せ者なんだろう……だなんて余計な事を考えながら、視界に入り込んだもう一人の生徒の顔を思い出す。
……あ、あれ……なんだか見覚えが……
触れれば切れてしまいそうな目元、角ばった背格好、少しだけ黒い地肌……そんな風貌をしている生徒を、私はこの学校で一人しか知らなかった。
いや、そもそも、生徒会室で、生徒会長の女の子に告白されている子という時点で察するべきだったのかもしれない。
あれは……
あれは、七月くんだ。
一瞬で彼の姿を認識し、早足でその場から離れて保健室に戻る。
鍵を開け、勢いよく扉を開き、椅子に座り、カップに残っていたコーヒーを全て飲み干し、私は叫んだ。
「また君!?」
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