第7話

「へえ、宇喜田さんはホストなんですか。もてそうですものね」

「いやいや、これもお客様のおかげでな。それよりあんたもどうだ?なかなか見込みがありそうだぜ」

 沈奏舎から歩いて五分。三人は焼肉屋にいた。早朝、ホストの宇喜田に誘われた梶井と一緒になぜか水谷も一緒に食事をしていた。誤解はすぐに解けたが、飯を誘いに来た宇喜田に調子よく水谷がのっかり今に至る。梶井は二人の会話に入ることなくひとり、肉を焼き野菜を食べる。一人食事に精を出す梶井の横で話は続いた。

「面白そうですけど、俺はピアノ弾きですから」

「ピアニストってやつか?」

「まあ、あと数日でそれもくびになりそうですけど。でも今は新しいこと見つけて挑戦中なんです」

「なんだ?」

「梶井です」

「カジ?」

「なかなか本心が分からないのですけど俺、欲しいものは絶対手に入れるので」

 二人の視線が梶井に向く。梶井はひたすらキャベツを焼いていた。

「て、カジおまえ。肉食え、肉」

「朝から肉なんて食べられません。もたれます。おじさん、キャベツ追加」

 肉を並べる宇喜田に、梶井は迷惑そうに野菜とご飯を食べ続ける。

「どこの、ダイエットOLだ。一つ、聞いてもいいか?」

 宇喜田は水谷に向き直った。

「なんです?」

「おまえ、カジのことマジなのか?」

「もちろん」

 語呂がよくないなと首を傾げる宇喜田に水谷は即答した。梶井の箸が止まった。カルビの油が下に落ち、火が上がる。みんなあわてていっせいに網の上のものを取る。水谷と梶井の箸がぶつかった。焦げきった肉に残念そうな顔をすると新しい肉を置いた。

「……おまえらってやっぱり」

 宇喜田が梶井を見た。

「宇喜田さん、今考えたこと口にしたら例え宇喜田さんでも容赦しませんから」

「いや、怒るなジョークだジョーク。な、水谷君」

「本気ですけど」

 焦げたカルビ二ついっぺんに口に突っ込んだまま、水谷は答える。梶井は剣呑に笑うと焦げかけのキャベツを口に放り込む。

「というわけだから、一緒にやらないか」

 水谷はお茶を飲む。

「断る。大体昨日から一緒に、一緒にうるさい。ぜんぜん具体的じゃない」

 梶井はにんじんに手をのばす。

「おい、それ俺のだぞ」

 宇喜田の言葉に梶井はかぼちゃを食べる。

「何だ」

「いや、具体的にだなんてその気があってうれしいな、と」

 梶井はだんまりを決め込むと食べる。

「俺はもう、ピアノは止めた」

 水谷は梶井の手を取ると、ぐいっと指を広げた。

「嘘だな。ピアノを止めた人間の手がこんなに柔らかく大きく広がるのか?」

 梶井は手を振り払った。勢いで落ちた箸を拾おうと腰をおろうとした。それより早く宇喜田が箸を拾い、差し出した。

「どうも」

「どういたしまして。どこへ行くんだ?」

 立ち上がり、二人に背を向けた梶井に宇喜田は声をかける。

「キャベツと箸とりに行ってきます」

 梶井は淡々と答える。もう頼んだのだから待っていればいい、という代わりに宇喜田は空のグラスを目の前に上げた。

「じゃあ、ついでにウーロン一つ頼むわ」

 梶井は宇喜田のオーダーにテーブルに戻った。自然、水谷の顔を正面から見ることになる。水谷はまっすぐに梶井を見ていた。梶井の後ろ姿を見送ると、宇喜田はタバコに火をつけた。煙を上に向けてはくと、白みかけた外に目をやる。煙で白んだガラスごしに道行く人を眺めると、水谷を見た。水谷は口元に手をやり何か考え込んでいた。

「で、有名なピアニストさんがどうしてこんなところにいるんだ?」

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