月夜の出来事

「お邪魔しました。本当にご馳走様でした。」


「いえいえ。また来てくださいね。」


おばあちゃんはそう言うと、優しそうな笑顔を見せてくれた。


やっぱり笑顔が葵に似てる。


「僕、駅まで送ってくるね。」と葵が言った。


葵の家を出ると、俺と葵は、駅までの道を並んで歩く。


梅雨が明けて、夜でも半袖で過ごせるくらい温かい。


「今日は、マジでありがとうな。」


「こちらこそ、わざわざありがとう。おばあちゃん喜んでたみたい。」


「そっか、よかった!」


「ねぇ、僕がトイレ行ってる時、何か話し込んでたでしょ?何の話してたの?」


「あー、秘密。」


俺が言うと、葵は、「えー」と唇を尖らせた。


どうしよう、もう一挙一動が可愛すぎて、その度にイチイチドキドキしてしまう。


そんな気持ちを誤魔化すように、俺は話題を探す為に当たりを見回した。


ふと空を見上げると、大きな満月が浮かんでいた。


どうりで明るいと思ったら、月の光だったんだ。


「月が綺麗だな。」


俺は、何気なく言った。


「え…?」


何故か葵が立ち止まり、驚いた様な表情で俺を見た。


「え?」


俺は、思わず聞き返した。


「あ…違うよね…。ごめん…。」


「なんだよ。葵、なんか顔赤いよ?」


妙に顔を赤らめた葵を見て、俺が言うと更に顔を赤らめる。


「えっと、ついこの間、学校の友達がね、"月が綺麗ですね"って"あなたが好きです"っていう意味なんだって言ってて。夏目漱石が言った台詞らしいんだけど。ごめんね、なんかそれ思い出しちゃっただけ!ごめん!」


最後の方は早口になり、"ごめん"を2回繰り返し、葵は足早に歩き始めた。


え、えぇ!?


そーなの!?!?


月が綺麗ですねって告白の言葉なのか!?


そんなの知らねーよ!ふざけんなよ夏目さん!


知らずに口にした何気ない俺の言葉のせいで、お互いなんだか気まずくなってしまって、無言のまま駅まで歩いた。


何か話題を見つけたいのに、もはや頭が真っ白で考えられなかった。

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