笑顔。

「僕、食べたら帰ります。」


「そう?もう少しゆっくりしても、夕方までなら全然大丈夫だよ?」


「夕方からは、コンビニのバイトですか?」


「いや、ライブの予定があってさ。」


「ライブ…バンドをやっているんですか?」


「あ、ごめん。バンドは確かにやってんだけど、明日はライブを観に行くんだ。超大好きなロックバンドのツアーライブでさ。ブラックナインっていうバンド、知らない?」


「知らないです。かっこいいバンド名ですね。なんで"ナイン"なんですか?」


「あー、なんかバンドメンバーのラッキーナンバーらしい。」


「じゃあなんで"ブラック"なんですか?」


「バンド名に色が付くと売れるんだってさ。ほら、ブルーハーツとか、オレンジレンジとか、GReeeeNとかさ。」


「すいません、音楽全然詳しくなくて…。ライブとかも行ったことないんです。」


「え、音楽全く聴かないの?」


「うーん、ディズニーの曲は好きです。」


「へー、何が好きなの?」


「えー、なんだろう。色々好きですよ!美女と野獣もアラジンもアナ雪も。アリエルの曲も可愛くて好き!…あ、すいません。」


俺は思わず目を見開いた。


こんなに嬉しそうに話す葵くんを初めて見たからだ。


「はは、なんで謝るんだよ!めちゃくちゃ好きなんだね。」


少し興奮気味に話した事が恥ずかしかったのか、顔を赤らめた葵くんに俺は言った。


「はい、大好きです。」


葵くんは、顔を赤らめたままそう言うと、ニコッと笑った。


「あ…」


無意識に声が漏れていた。


「なんですか?」


葵くんが不思議そうに聞く。


「いや、葵くん、初めて笑ったからさ。笑顔、すげぇ可愛いじゃん!」


葵くんの笑った顔、目が細くなって、えくぼが出来て、少しとがった犬歯が覗いた。


とても可愛らしい笑顔で、もっと見たいと思ってしまった。


「え…」


「あ、ごめん、つい…」


俺の一言に、葵くんは恥ずかしさで真っ赤になり、俺は俺でなんか照れくさくなってしまって、2人ともオムライスを黙食した。


俺、昨日から余計な一言が多すぎ。余計な六言くらいは言っている気がする。


ブー ブー


ナイスなタイミングで俺のスマホが鳴った。


クジからの電話だった。


俺は、葵くんに手のひらでゴメンのポーズをすると、通話ボタンを押した。


「シメサクぅ、お前ひでーよな。急に俺のこと放っぽり出してどっか行っちまうんだもん。俺が路頭に迷ったらどうすんだよ。」


「あー…すまん。でも、お前ん家、駅から3分じゃん。」


「まぁそうだけどさ。傷心なんだからもう少し優しくしてほしいよな。でさ、本題。悪いんだけど、今日のライブ行けなくなってしまった。」


「ま!?なんでだよ!お前すげー楽しみにしてたじゃん!」


「なんか同僚が熱出しちまって、急遽代わりに出勤しないと行けなくなっちゃってさ。ごめんよ。本当、俺も楽しみにしてたんだけど…。」


「マジか…。まぁそういう事なら仕方ないけど、参ったな。チケット1枚余っちゃうし。」


「チケットお前が2枚分纏めて持ってたよな。今から誰か誘えば?」


「誰かって言っても…」


ふと、葵くんと目が合った。


俺は、クジとの電話を切ってから、一か八か聞いてみた。


「電話のやり取りで事情は察したと思うんだけど、葵くん、もし良かったら一緒にライブに行ってみない?」

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