炎陽の退魔師 番外編~Which do you like better,Konkon or Ponpoko~
河原 机宏
箱には名前を書いておこう
これは、俺、
「あー、腹減った。もうそろそろお昼か、何か食べる物ないかな?」
腹を空かした俺が台所で食べ物を物色していると、でかでかと〝赤いきつね〟と書かれた箱が置いてあることに気が付いた。
「これは、まさか――」
箱は既に開封済みであり、中には赤いきつねが数個入っている。食欲をそそる赤いパッケージが視界に入った瞬間、俺の腹の音が激しく鳴り響く。
勝手に人の物を食べてしまうのは良くない事だと重々承知している。けれど、今は緊急事態だ、あと数分後には俺は餓死してしまうかもしれない。
ふと我に返った時には、俺は赤いきつねを手に取りガスコンロで湯を沸かしていた。やかんからぐつぐつと湯が沸騰する音が聞こえ湯気が立ち上る。
既に赤いきつねの封印は解かれ粉末だしは投入済みだ。ここに沸騰したお湯を入れて五分待てば、この空腹を満たすご馳走の準備が出来るだろう。
その瞬間を想像しながらお湯を注ぎ込もうとした時、後ろから尋常ならざる殺気を感じた。
この殺意、この気迫、まさか――鬼か?
俺が後ろを振向くと、そこには俺を睨み付ける金髪巨乳の少女が立っていた。
「びっくりしたー。なんだよ、
「『藻香かよ』じゃないわよ。そのカップ麺はどこから調達したのかしら?」
尚も殺気を放ち続ける少女に気圧され震えながら箱の方を見た。すると箱の側面に『藻香専用。勝手に食べた者は呪われるであろう』と書かれているのが目に入った。
この大量の赤いきつねの持ち主は彼女だったらしい。俺は彼女に頭を下げ、許しを請う。
「すんませんしたぁー。藻香さんの食料とはつゆ知らず。許してください!」
胸の前で腕を組んで仁王立ちしていた藻香は、俺の謝罪を聞いて殺気を解いた。
「食べたいって言ってくれたら素直にあげたのに。勝手に人の物食べようとしちゃダメでしょ?」
「ごめん。お腹が空いていたもんで……」
「もう、しょうがないわね。それはあなたにあげるわ。私もお腹が空いたから、お昼は赤いきつねにしようかしら」
素直に謝ったからか、藻香は割とすんなり許してくれた。京都にいる姉弟子であったらこのようにはいかなかっただろう。
和解が成立した俺たちは昼食の準備を再開した。
「それじゃあ、やかんにカップ麺もう一個分の水を追加するよ」
「ただいま戻りました」
そこに、外出していた楪さんが帰宅した。台所に入って俺がやかんを持っているのを見ると緑色のパッケージのカップ麺を見せながら、自分の分のお湯も準備して欲しいとお願いしてきた。
「燈火君。私の分のお湯も沸かしてもらってもいいですか? 二人の分も買って来ましたよ」
楪さんが笑顔で持っていたのは緑のたぬきだった。
その時この玉白家の台所を異様な雰囲気が包み込むのが分かった。結界用の護符を貼った覚えはないが、いったいどうした事だろう?
動揺しながら原因を探っていると間もなくその正体が判明した。
赤いきつねを抱える藻香と緑のタヌキを持つ楪さん。互いの得物を冷めた視線で見つめる二人から殺気が放たれていた。
各々のカップ麺にお湯を入れて居間のこたつに移動し討論が始まった。お題目は、『赤いきつねと緑のたぬきのどっちが美味しいか?』である。
まずは藻香が先制だ。
「赤いきつねはうどんのほどよいもちもち感もさることながら、出汁がきいた汁とそれを十分に吸ったお揚げの組み合わせが最高なのよ。けれど、緑のたぬきは最大の特徴である天ぷらは裸のまま入っているから、お湯を入れて完成した頃には汁を吸ってぐしゃぐしゃになっているわ。天ぷらは本来サクサクの食感を楽しむもの。その点から言わせてもらえば、緑のたぬきの天ぷらの在り方には疑問を持たざるを得ない」
次、楪さんの主張。
「緑のたぬきの天ぷらは濃厚な汁を吸いふわふわな食感になって麺に絡み食されるんですよ。その
真っ向から対立する二人の主張。俺にとってはどちらも美味しいので、どうして対立するのか訳が分からない。
そもそも〝うどん〟と〝そば〟という異なる麺では比較対象にならないと思うんだが。
俺があまり関わらないようにしていると、突然二人が俺を見た。嫌な予感がして仕方がない。
「「あなたはどっちが美味しいと思う?」」
やっぱりこっちに振って来たよ。やだなー。こんな「冷やし中華と焼きそばどっちが美味しいか」みたいな不毛な話に関わりたくはない。
とにかく、ここは俺の素直な気持ちを言ってみるか。
「おれはどっちかっていうと黒い豚カ――」
「「却下よ。赤と緑の話に黒の介入は認められないわ」」
言い終わる前に二人にダメ出しされてしまった。
「ちょ、酷くない!? 全国の黒豚好きに謝れ!」
『ピピピピピピピ!』
その時、セットしておいたタイマーが鳴り響いた。お湯を注いでから三分が経過したようだ。
「お先にいただきます」
楪さんは緑のたぬきの蓋を剥がし、七味唐辛子を入れてそばをすすり始めた。件の天ぷらは汁を吸ってふやけていたが、形を崩さずに丼の端で出番を待っている。
そばを半分ほど食べたで楪さんはついに天ぷらに手を伸ばした。先程まで円形だった姿は今や砕かれ、麺と絡み合って楪さんの小さな口の中へと誘われた。
咀嚼され、「こくん」と控えめな嚥下の音とともに彼女の体内へ飲み込まれていった。
その上品な食べ方に目を奪われていると、再びタイマーの音が鳴る。
藻香はいつの間にか長い金色の髪をポニーテールにして、髪が食事の邪魔にならないようにまとめている。
お湯を注いでから五分が経過し、赤いきつねの食べごろの時間となり俺と藻香は七味を入れてうどんをすすった。
うまみのきいた汁ともちもちうどんのコラボは最高だ。空腹であった事もあり、箸が止まらない。
うどん、お揚げ、汁、お揚げ、うどん――夢中で食べ進めていき、ものの数分で食べ終えてしまった。
藻香も夢中でうどんを頬張り、実に幸せそうな顔でもぐもぐしている。
俺はふとあることを思いつき台所に行って冷凍庫からあるものを取出し、レンジで温め始める。
俺が居間に戻って来ると、二人が何かを取り出している様子が目に入った。
藻香は追加の油揚げを汁のみとなった赤いきつねに投入し、楪さんは緑のたぬきと一緒に購入してきた『えび天ぷら』と書かれた袋を取り出し、躊躇なく緑のたぬきに入れた。
お揚げに汁を十分染み込ませてパクつく藻香。天ぷらを軽く汁にくぐらせた後、即座に「さくっ」と音を立てて咀嚼する楪さん。
お互いに追いお揚げと追い天ぷらを堪能する女性二人であった。
その途中で二人の視線が再び絡み合う。藻香と楪さんはクスッと笑い合うと、投入前の追加用の油揚げと天ぷらを相手の丼の中へ投入した。
その姿はまるでサッカーの試合後のユニフォームの交換のようであった。お互いの食に対する敬意を感じ取ったのか、彼女たちには先の主張時のとげとげしさは既にない。
二人が食事を終えた時には身体が温まったためか、白い肌は桜色に染まり妙に艶っぽい。その姿に俺がどきどきしているとレンジの終了の音が聞こえてきた。
レンジから俺が取り出したのは冷凍保存用のタッパーだ。それを持っていそいそとこたつに戻ると食事を終えた二人が何事かと注目している。
俺はふっと笑いタッパーの蓋を外して中身を汁の中に入れた。藻香が驚きの声を上げる。
「それは冷凍していたご飯の残り!?」
「いかにも! 最後は雑炊風にして食べる! これがジャスティス!」
俺は台所から持ってきたレンゲで汁を吸ったご飯をすくい汁と一緒に食べていき、間もなく丼の中は空っぽになった。
「「「はぁ~」」」
食事を終えた俺たち三人は空腹が満たされ各々満足していた。既に俺たちには赤いきつねと緑のたぬきのどちらが美味しいかなどという思想はない。
どちらも美味しいのだから気分で食べればいいと思うのだ。
しかし、俺は思う。次は黒い豚カレーを食べよう、と。
炎陽の退魔師 番外編~Which do you like better,Konkon or Ponpoko~ 河原 机宏 @tukuekawara
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