第53話 福岡、博多、1274

「それでは、そろそろ行きますか?」ストーン女史が博士に言った。


「そうですね」と、お皿を片付けながら博士。「予算組みの前にやることもありますしね」


「未来に戻られるんですか?」博士のお盆に自分の分の皿と湯呑を置きながら小張が言う。


「その前に一件用事を片付けてからですけど」と、立ち上がりながらスートン女史。


「今度はどこ、と云うか、いつへ?」と、こちらも同じく立ち上がりながら樫山。


「1274年……でしたっけ?」と、自信なさげにストーン女史が訊いた。


 訊かれた博士は、お盆を持って立ち上がると、「その10~11月ですね」と言った。「気象庁の機械が行方不明になったとかで」


「1274年?」と、小張。


「季節外れの大型台風を起こしたとかなんとか、」と、ストーン女史が言った。「それを回収しに行くんです」


『ああ……』と、得心が行ったように顔を見合わせる小張と樫山。


「じゃあ、発進の準備をして来ますね」そう博士は言うと、そのまま店の奥扉の方へと向かって行った。


 博士の後ろ姿を見ながら小張が、「タイムボックスは何処に?」と、ストーン女史に訊いた。


「え?」と、不思議な顔のストーン女史。「気付きませんでした?」


 すると、



 ヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ。


 ヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ。



 と云う小さな振動音が聞こえ始め、周囲の人たちのざわめきが消えて行った。


 そうして、


「今日は、博士のボックスで来たんです」


 と言うストーン女史の言葉に合わせるように、店内の風景も消えて行き、代わりに真っ白で広大な空間がそこに現れた。


 空間の真ん中には球形をした巨大なコントロールパネルが浮かんでいて、その球体の表面には、コントロール用のレバーやらハンドルやらクラクションやら羅針盤やら量子コンピューターやらカワイイ猫ちゃんの写真やらがくっついている。


 再び真っ赤なエプロンを着けたキム博士は、そのコントロールパネルの前に立つと、『福岡、博多、1274』と云う指令を機械に打ち込んでいた。


 それから彼女は、小張たちの視線に気が付いたのだろう、そちらを振り向くと、


「それでは!これが最後だと良いのですが!」


 と、手を上げながら言った。


 すると今度は、



 ポポポポポポポポポ、


 ポポポポポポポポポ、


 ポワン。



 と云う音がして、ストーン女史が、


「まさか、記憶が残るとは思っていませんでしたけど」


 と言った。


 どうやらタイムパトロール本部は、今回の事象研究が終わるまでとの限定付きだが、小張たちの記憶を消去しないことに決めたそうだ。


『あまりにも面白過ぎる』と、例の長寿命のお医者様から待ったが入ったらしい。



 キューキューキューキュー、


 キューキューキューキュー、


 キューーー、キュオン。



 と云う音がして、再びキム博士が小張たちの方を振り向いて、


「ですので!今回のことは他言無用でお願いします!」


 と、言った。


「分かりました!」と、小張が答え、


「どうぞ、お気をつけて!」と、樫山が言うと、



 ヒューーーーーーーーーーーー


 ーーーーーーーーーーーーーー。



 と云う、細く長く強い音がして、



 ヒュン。



 と、大きな大きな空気の塊が出来たばかりの1μmにも満たない小さな穴に吸い込まれて行くような音がした。


 かと思うと、パッと景色が代わり、小張と樫山の二人は、もともと彼らが立っていた場所――三宝寺池池畔にある甘味茶屋の前――に、ポンッと立たされていた。

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