第52話 《グッドナイト、グッドナイト、ベイビー。 》

     *


 さて。


 1969年11月14日金曜日の朝に起こった奇跡は、その後、日本はおろか世界中、銀河中の、様々な人・物・時間に様々な影響をもたらすことになるワケだが、ここにその全てを書き記すことは出来ないし、書き記すつもりもない。


 ただ、次の事柄についてだけは、ここに書き記しておかないと、また「読者に対して不親切だ」とか「あまりにも説明不足だ」等のお叱りを受けることにもなりかねないだろう。


 だから、と云うワケでもないのだが、まあ、念のため?以下のお話を書いておこうかと思う。 

 出来ればBGMが欲しいところだが、ここはやはり、キングトーンズ1969年のヒット曲『グッドナイト・ベイビー』が良いだろう。


     *


 さて。


 1969年の奇跡から9年ほど経った11月のある日。ひとりの女の子が、ある草むらの古井戸の中から救出された。


 この女の子は、その前日の午後に、この古井戸に落ちたまま行方不明になっていて、発見がもう少し遅れていたら死ぬところであった。


 で、まあ、この女の子救出の顛末については、更に別のお話が必要となるところなのだが、これも「話すと長い」類いのお話なので、今回は省略させて頂き、話を先へと進めたいと思う。


 では、この後この女の子がどうなったのかと言うと、実は、彼女は大きくなってから医学の道へと進むことになるのである。


 そうして、大学で出会った男性と幸せな結婚をすることになるのだが、この男性と云うのが、1969年11月14日金曜日の朝に起こった奇跡の影響を受けたひとりでもあった。


 そう。彼はなんと、子供のころに抱いた『友達のようなロボットを作る』と云う夢を大人になっても忘れず、その生涯をロボット工学の発展に捧げることになるのである。


 であるが、ただ、まあ、何と言うか、子供の夢は子供の夢のまま終わるのが常であり、彼の才能もまた、この『友達のようなロボット』作りには向いていなかったようで、この夢はまた別の誰かが叶えることになる。


 ただ、その代わりに、と云うワケでもないのだろうけれども、こちらの彼は、ナノロボット工学の方で、奇跡的とも言えるほどの才能を発揮することになるのである。


 そうして……まあ、その後、更なるナンヤカンヤのスッタモンダのテンヤワンヤの紆余曲折七転八倒の後、内科医であった夫人との共同で、ガンの根治法を発見することになるのである。


 で、もっと言うと、そのおかげで、ある政治家の命が救われ、その政治家は第三次世界大戦の危機を回避し、地球人類は絶滅の危機を脱することになるのである。……まあ、取り敢えずその時は。


     *


 えーっと?


 ここまでかなり駆け足でしたが、皆さん大丈夫でしょうか?


 ……大丈夫なようですね。


 では、更に話は続きます。


     *


 さて。


 と、まあ、そんなこんなで絶滅の危機を回避した人類なのだが、しかし、何と言うか、今回私が『念のため書き記しておきたいお話』と云うのは、そんな地球人類の絶滅云々のお話ではなく 〔どうせ地球人類なんか (*検閲ガ入リマシタ)の如く銀河中に散らばることになるのだ〕、このガンの根治法によって救われたあるご夫婦に関してのお話だ。


 ただ、まあ、どこから話せば良いのやら……。


 えーっと。


 このご夫婦と云うのが、まあ、かなり特殊な出会い方をしたご夫婦ではあるのだが、それはそれは仲睦まじく暮らして来たご夫婦で、子供はいなかったものの、互いが互いを助け合い、苦楽を共にし、どこぞで穀物商を営むA氏夫妻のように旦那さまが若い従業員にお熱を上げたりすることもなく、事業で成功し、都内にマンションビルまで持たれるような、まあ言ってみれば、かなりハッピーな人生を歩んで来られたご夫婦であったりする。……彼らがどんな秘密を隠していたとしてもね。


 で、まあ、そんなご夫婦に不幸が訪れたのが4年前の2015年3月12日。木曜日。


 55才になった夫人が、たまたま受けたガン検診で、メラノーマと云う一種のガンを患っていることが分かったのである。


 それから、その後、このご夫婦は、何件・何十件もの病院を廻り、何人・何十人ものお医者さまからお話を聞いたが、どこからも誰からも、


『夫人の命はもう長くない』


『お気の毒ですが……』


 以上の回答を得ることは出来なかったのであった。


 そうして、今年。


 2019年。4月2日。火曜日。


 19時13分。


 遂にご夫婦は、昼夜を問わない長い長い、長過ぎるほどの話し合いの結果、


『苦しみを長引かせるよりは……』


 と、二人一緒にこの世を去ろうとの結論に達した……。



 いや、達しかけた。


 すんでのところだった。


 結構、ギリギリだった。



『次のニュースです。』


 と、いつもなら絶望的なニュースしか流さないはずの某国国営放送が、ものすごく久々に、希望に満ち溢れたニュースを流した。


 例の、ナノロボット工学を応用したガンの根治法のニュースである。


 このニュースを聞くや否やご夫婦は飛び上がるほどに喜び、早速、前述の医師――かつて草むらの古井戸の中から救出されたあの女の子――に連絡を取ると、詳しい治療法についての相談を始めたのであった。


 まあ、もちろん、《その後、ふたりは、末永く幸せに暮らしましたとさ、おしまい。》と、なったかどうか、なるかどうかまでは、私は知らないし、知ったこっちゃないし、分かるはずもないが、少なくとも、その夜夫婦は、希望を胸に抱いたまま、仲良く、一緒のベッドで、眠りについたのである。



《グッドナイト、グッドナイト、ベイビー。

 涙こらえて》



 そう。


 元はと言えば、一体の……違った。


 元はと言えば、二体の、おきあがりこぼし人形が起こした奇跡なのであった。



《楽しい、明日を、

 夢みてグッドナイト》


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