第51話 お茶とお菓子をお楽しみください。

 2019年4月19日。金曜日。14時15分。お天気に恵まれたこともあってか、水辺観察園の方ではたくさんのバードウォッチャー達が……って、これは前にもやったな。


 けど、まあ、


《年年歳歳鳥相似 歳歳年年人不同》


 鳥を追うことで彼らも時の移り変わりを感じているのかも知れない。


     *


 さて。


 そんな彼らからは少し離れた場所――三宝寺池の畔にある甘味茶屋の前に、一組の男女が立っていた。


 男性の方は、「おじさま」こと樫山泰治で、よれよれの春物のコートに、同じくよれよれのジーンズを履いている。


 女性の方は、警察署から抜け出して来た小張千春で、薄紫のロングスカートに同じ色の春物のカーディガン。その上に派手な模様の長い長いストールを首の辺りでぐるぐる巻きにしている。


「おじさまも呼ばれたんですか?」と、小張。


「その『おじさま』は、そろそろやめて貰えませんか?」と、樫山。「呼ばれるたびにむずがゆくって」


「そうですか?」


「あの時はバタバタしてて、流してましたけど」と樫山。「名字で呼んで下さい」


「じゃあ、」と、改まって小張が訊いた。「樫山さんも呼ばれたんですか?」


「仕事用のメアドに届きましたよ」


「私も。警視庁のアドレスなんですけど」


「顔文字の量増えてません?」


「ですよね?!未来の人なのに!」


「つられてこっちも使っちゃうんですけど」そう苦笑しつつ樫山が言う。「互いにいい年のハズなんですけどね」


「あ、でも、博士の場合は、」と、小張が何か言い掛けたところで、突然、二人の背後で、


 ポッ。


 キュ。


 ヒュ。


 と云う奇妙な音がした。


『まさか、ここで?』と思いつつ二人が後ろを振り向くと、例の赤毛のタイムパトローラーが、すっかり青く落ち着いた葉桜を背景にその場に立っていた。


「すみません。お待たせしちゃって」と、およそタイムパトローラーらしからぬセリフを言うと彼女は、「博士もすぐに来ますんで」と、二人に甘味茶屋の中に入るよう促した。

 

 今日の彼女は例の制服姿ではなく、濃い紺色のブラウスに八分丈のジーンズ、それに小張Cと同じ色のコンバースを履いている。


 もちろん、例のヘルメットは被っていなかったが、不思議なことに、例のベルトも締めてはいなかった。


「改良版が出たんですよ」と、左手首に着けたブレスレットを見せながら赤毛のタイムパトローラーは言う。「やっと博士が動いてくれて」


「一緒じゃないんですか?」と、甘味茶屋の扉を開きながら小張が訊いた。店内は混雑していて空いている席はなさそうだ。


「いえ、一緒には来たんですけど、」と、タイムパトローラー。隅のテーブルが空くようだ。そちらに二人を招きつつ彼女は続ける。


「ほら、覚えてません?小張さんが私を見付けた時のこと」


「見付けた時?」と、壁際の席に着きながら小張が訊いた。「空から降って来た?」


「そうそう」と、小張の隣に座りながら彼女は答える。「あの時、何故かいつもと違う道で曲がったって言ってたじゃないですか?」


「ええ。たしか、この先の野球場で、」と、流石の小張も、話ここに至るまで気付いていなかったようだ。「……そうなんですか?」


「今、博士は、それをやりに行っています」


     *


 カチャリ。


 と、店の奥扉が開いた。


 扉の向こうから、お手伝いだろうか?真っ赤なエプロンを着けた小学生ぐらいの少女が、四人分のお茶と柏餅を載せたお盆を持って出て来たが、そもそも、この店の奥に扉はなかったはずだ。


     *


「ええー」若干引き気味に小張が言う。「怖くないですか?タイムパトロール」自分のことは棚に上げて何を言っているんだ、お前は?


「いえ、脳波とかをコントロールするワケではなく、」あせり気味にタイムパトローラーが弁解を始める。「あくまでも心理的な、言ってみれば健康的な?人によっては睡眠不足が解消されるという研究結果もあったとかなかったとか……」


「차와 과자를 즐기세요」と、小張たちのテーブルの前でお手伝いの少女が言った。


 が、小張と赤毛のタイムパトローラーは会話に夢中で彼女に気付いていない。


 そこで樫山が、お茶とお菓子を受け取りつつ、代表して少女にお礼を言った。「감사합니다」


「한국어를 사용합니까?」と、少女。


 それに対して樫山は、「일의 관계」と、拙いハングル語で返答した。「조금 배운」


 しかし、何故、平日の昼間に、小学生の女の子が甘味茶屋の手伝いなどしているのだろう?


 そんなことを樫山が考えていると、彼女は首から下げていた真っ赤なエプロンを外し、「역시 대단하네요」と言いながら、テーブルの空いている席へと座った。エプロンの下には金の刺繍が入った白のジャージを着ている。「아저씨!」


「감사합니다……」と、不審に思いつつも樫山は返し、それから、彼女が自分の運んで来たお茶に口をつけたところでやっと気が付いた。「博士?!」


 すると少女は、「겨우 네요.」 と言ってから、お茶の入った湯呑をテーブルに戻すと、左手首に着けたブレスレット 《バベル》のスイッチを入れた。「気付かれなかったらどうしようかと思いましたよ」


     *


「では、無罪放免なんですか?」柏餅の葉っぱを剥きながら樫山が訊いた。「時空間そのものが消えていたかも知れないのに?」


「無罪でもないですし放免でもないですが、」と、赤毛の女性――ご紹介が遅れたが、ロンドン在住のライリー・ストーン (2029年現在26才)――が、こちらも柏餅の葉っぱを剥きながら言った。「《音主》元老院の判断に完全に委ねられることになりました」


 が、それに対して、


「まあ、完全にとは言っても、」と、小張の腕にスリスリしながら博士――こちらもご紹介が遅れたが、住所住時不定のキム=アイスオブシディアン 〔彼女の主観的生活時間だと (小学生ぐらいの外見をしているかも知れないが)14才〕――は言った。


「ランベルト三世陛下から元老院長に強く言っておいて貰ったので、最低でも永年蟄居は免れないでしょうね」


「まあ、おかげで管理本部の方は喜んでいたみたいですけど」と、若干の皮肉を込めてストーン女史。


 すると、これに対して博士が、


「《音主》の元老院に貸しが出来た上にランベルト三世陛下ともお近付きになれましたからね」と、名前のとおりのキレイな黒い瞳を光らせて言った。「来期の予算会議が楽しみですよ」


 するとここで、


「ランベルト三世って誰ですか?」と、当然抱くであろう疑問を樫山は口にしたのだが、それへの回答は作者が書くのが面倒だったために流されて、その代わり、


「地球に残った方の 《音主》は?」


 との小張の質問に、


「それについては、小張さんのご要望もありましたし、」


 と、ストーン女史並びに、


「それ以前に、発展途上・未開拓時代の地球に取り残されたと云うことで、」


 と、横入りしたキム博士が答えた。


「《それ以上の罰があるだろうか?いや、ない》との判断が全会一致で下ったようで……こっちの方が事実上の無罪放免ですね」


 するとここで、再び樫山が、


「ところどころで地球に対する偏見が見え隠れするんですけど……」と、当然抱くであろう不満を言い掛けたのだが、『それについては書くとまた長くなるしなあ……』と作者が思ったために流されて、その代わり、


「それで、その後の追跡調査のデータも持ってきましたけど、」と言うストーン女史のセリフが差し込まれることになった。


 彼女は、USB型のメモリーを小張に渡すと、


「なんで、あの 《音主》にそんなにこだわるんですか?」


 と、訊いた。


 訊かれた小張は、丁度博士の分の柏餅を、彼女にアーンとさせられていたところだったが、それを一旦お皿に戻すと、


「それは……これも話すと長いですよ?」


 と、少し笑って答えた。

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