第50話 《答えが与えられるのならば、時として質問は不要かも知れないが、それを言うには、君も僕もまだまだ若過ぎる。》
*
ブブッ。と、机の上のスマートフォンが一瞬だけ動いた。
顎ヒゲの教授は、砂糖を足したばかりのコーヒーを立ったまま一口啜ろうとしていたが、それを止めると、机の前のパイプイスに座る女学生に、「それから?」と一声掛けてから、机へと戻った。画面が薄く光っているのが見えた。メールの着信ようだ。
「それから……」と、モディリアーニの絵のような顔をして女学生は言った。「料理を作るようになったんです。あの人の好きな料理」
メールの内容が読めた。短い文章だ。
「《未来とは、現在である》?」
つい、声に出してしまった。女学生は一瞬驚いた顔をしたようだったが、直ぐに「奥さまですか?」と、訊いて来た。
「いいや」と、教授は答える。こんなメールを寄越す馬鹿はひとりしかいない。「昔の教え子だよ」警察官になったと聞いたが、本当かどうかは疑わしい。
「どうぞ」と、軽い口調で女学生が言った。
「……なにが?」
「返信」と、彼女。「私、時間ならありますから」
「そうかい?」と、教授はスマートフォンを机から取り上げると、しばらく考えてから、それをまた元の位置に戻し、「いいや、今はやめておこう」と言った。現在が未来なら、過去も未来だ。
「よろしいんですか?」と、女学生が訊いた。
「ああ、」コーヒーをすすりながら教授は、「返事なら、以前教えてある」と、答えた。「それよりも今は、君の話を聞こう」
*
「私、アニメ映画なんて十年ぶりぐらいですよ」と、首に巻いた蝶ネクタイを直しながら小張が言った。
「じゃあ、」と、小張からポップコーンを受け取りながら秋月が訊いた。「今日のこれも知らない?」
「漫画の方は読んだことありますよ」と、小張。「超能力使いの女の子と同じ作者さんですよね」
「ああ、私もあれ好きよ。特に相方の高――」
ブーッ。と、秋月の言葉を遮るように開演のブザーが鳴った。
予告編の映像を見ながら、少し不思議そうに小張が訊いた。「でも、初めて読んだ時から疑問なんですけど」
「なに?」
「なんで、猫なのに青いんですか?」
*
「お味噌汁、おいしい?」夫人が訊いた。
「ああ、」と、おじさま、もとい男性が答えた。
「うん。いつもおいしいよ」
「大学、どうでした?」と、夫人。
「相変わらず、ちんぷんかんぷんだった」
「教授は?」
「元気だったよ」と、彼のサッパリした顔を想い出しながら男性は言った。
「ヒゲも剃ってたし」
「え?」と、少し驚いた表情で夫人が訊き返した。「成宮さんが?」
「うん。」と、笑いを堪えながら男性が答える。「『樫山夫人の命令には逆らえない』ってさ」
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