第47話 川崎、生田、1969:その4

     *


「考エテモ見ロ」と 《音主》は言う。「奴ラろぼっとガ我々生物ト対等ニ話シ我々ノ決メタ事ニ平然ト意見スル世界ヲ。奴ラニ仕事ヤ家族ヤ自尊心ヲ奪ワレタ同胞タチデ溢レカエル世界ヲ」


「それは……」と、小張Cは答えに窮している。


 赤毛の女性にも、この声は聞こえていたが、タイムパトロール隊員として、また小張より未来の世界から来た地球人として、彼女が言えることは何もなかった。


「ソノ上、」と、《音主》は続ける。「連合ノ中ニハ、敵デアルろぼっと種ヲ『友人ダ』ダノ『大切ナ仲間ダ』等ト言ッテ憚ラヌ惑星ヤ種族モイル。彼ラハ知ラナイノダ!奴ラろぼっと種ノ台頭ガ!ドレダケ我々生物種ノ世界ヲ脅カシテイルノカヲ!!」


 ドンッ!


 と、四次元式カプセルの中から大きな音が聞こえた。


 多分、カプセル内の壁か床を力任せに蹴り上げたのだろう。


「イイカ!」と、怒りを隠しもせず彼女は言う。「未ダれべる5ニモ満タナイ星ノオ前ラニハ分カラナイダロウガ!奴ラろぼっとト我々ハ!仲間ニモ友人ニモナレナイノダ!!」


 ドンッ!!


 と、再び四次元式カプセルが大きな音を立てた。


 トトトト、トトトト、トットー。


 と云うタイムボックスのエンジン音だけが静かに鳴り、小張Cも赤毛の女性も押し黙っている。


「分カッタカ!」と、吐き捨てるように 《音主》が言った。


 すると、このやり取りをずっと後ろで聞いていた男性が突然、


「いいえ」と、言った。


「僕には、分かりません」


     *


「ワ!!」


 と、仕事部屋の方から大きな叫び声がした。


 1969年11月14日。金曜日。04時01分。  

 

『やっと動きが?!』


 と、赤毛の女性以下『チーム石神井』のメンバーは思ったが、その期待も束の間、ベレー帽の男性はひとり、仕事部屋を右往左往、ひとしきりもだえた挙句、仕事部屋に置いてあった仮眠用のソファーに寝っ転がってしまった。


『ええ!!』


 と、赤毛の女性以下『チーム石神井』のメンバーがすっ転びそうになっていると、更に今度は、


「フガー。」と云う寝息が聞こえて来た。


『ええーー』


 と、赤毛の (以下略)。


     *


 同年同月同日。同曜日同時刻。


 この家の夫人も、この家の主人の、


「ワ!!」


 と云う叫び声を聞いた。


 が、しかし彼女は、


『お父さんが何か叫んでいる……』


 と、一瞬思うだけで、そのまま、


『いつも大変ね……』


 と、再び夢の中へと戻って行った。


 この日のこれも、彼女にとっては、よくある毎日のこれだったのである。


     *


「おつかれさまです」と、塀の向こう側から小張Dが言い、


「遅かったんですね」と、塀のこちら側で小張Aが言った。


「散歩がてらのつもりが道に迷ってしまいまして」と、小張D。「気が付いたら変な森みたいなところに入り込んでました」


「動キハ?」と、Mr.Bが一応訊いた。「ドウセ、ナインダロウケド」


 と、その時、まるで一家全員が寝静まるのを待っていたかのように、動きがあった。


「しっ」と、人差し指を口元に当てながら小張Bが言った。目は、スマートフォンの代わりに持たされたPPIスコープの方を見詰めている。


「《音主》の音波です」


     *


「分カラナイノモ無理ハナイ」と 《音主》は言った。「コンナ時代ノコンナ星では、人間並ミノろぼっと種スラ見タコトモ無イダロウカラナ」


「それは、」と、(何とも言えない違和感を抱えたままだったが)男性は答えた。「その通りかも知れません」


「シカシ、アル時、オマエ達モ気付クノダ」と 《音主》。「自分達ガ望ンダ未来ガ、自分達ヲ苦シメテイルコトニナ」


「それは……」


「『生物種ノ良キ隣人』ダト?違ウ!奴ラハズット我々ニ取ッテ代ワロウト機会ヲ伺ッテイタノダ!!」


 と、四次元カプセルの扉を壊さんばかりの勢いで 《音主》が叫ぶ。男性に返す言葉はない。ハズだった。が、しかし、


「でも!それでも!!」


 と、これまで出したこともないような大きな声で男性は叫んだ。


 その叫びは、まるで銀河の命運を委ねられた英雄の雄叫びのようにも聞こえたし、実際のところ、この時、銀河の命運は彼の手に委ねられてもいた。


 トトトト、トトトト、トットー。


 と、タイムボックスのエンジン音だけが静かに響いていた。


 小張も赤毛の女性も、カプセルの中の 《音主》たちまでもが、男性の振り絞るような気迫に圧されて言葉を失っていた。


 そうして男性は、《決して一度も現在になったことのない過去》を想い出しながら、


「それでも、僕には、ロボットの友だちが、いたんです」


 と、言った。

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