第45話 川崎、生田、1969:その2

     *


 むき出しの溶岩で出来た地面の上を二匹のアカネズミが走って来て、何だかよく分からないが、金とか銀とか虹色とかに変化する『何だかよく分からないもの』にぶつかった。


 彼らはしばらくの間、その『何だかよく分からないもの』に文句を言っていたようだが、その『何だかよく分からないもの』からは何もはかばかしい回答が得られないと云うことが分かると、結構な悪態を吐いた後、再び、むき出しの溶岩で出来た凸凹道を走って行った。


 走り去る彼らの上には、育ちに育ったツガやヒノキやミズナラ等で構成された原生林が広がっているのだが、その中でも一際大きく育ったヒノキの下に、先ほどの『何だかよく分からないもの』――縦1.0~1.5m×横1.0~1.5m×高さ2.5~3.0mほどの大きさを行ったり来たりしている『何だかよく分からないもの』は、立っていた。


 1969年11月13日。木曜日。13時05分。ここは、山梨県富士河口湖町青木ヶ原樹海である。


     *


「タイムボックス?」と、小張Bが訊いた。「ベルトじゃダメなんですか?」


「コレダケノ大人数ダ」と、Mr.B。「二人乗リノべるとダケダト無理ガアルダロ?」


 前にも書いたとおり、タイムパトロールが所有するタイムトラベルマシーンには、


『ボックス型』


『カート型:クローズド』


『カート型:オープン』


『ボート型』


 の四種類があり、タイムベルトはあくまで緊急時用の道具――と云うか開発者が趣味で作ったおもちゃみたいなものでしかない。


「でも、本部にはまだ戻れないんでしょ?」と、小張A。


「1969年ニ置キッ放シノガアルンダ」と、Mr.B。「ソレヲ取リニ行コウッテ話」


「なんで?」と、小張Cが言い、


「今まで?」と、小張Dが訊いた。


「それが、」と、タイムベルトを腰に巻きながら赤毛の女性が言った。「昇進祝いに『ボックス型』を支給されたんだけど、」


「コレガ中古デ、」


「前の人の使い方が荒かったのかブレーキ音がやたら大きいし、」


「自動カクレンボ機能ハ壊レテイルシ、」


「カメレオン機能も壊れてて、」


「コイツガいめーじ出来ルモノニシカ化ケラレナイミタイデ、」と、赤毛の女性を指差しながら (指?)Mr.Bが言うと、


「でもほら、私、2029年のイギリス人じゃないですか?」と、赤毛の女性も自分を指差しながら言った。


『いや、それは初耳ですけれど』と、小張A~D&おじさまは一瞬思ったが、そこにツッコミを入れると長くなりそうなので口には出さずにおいた。


「デ、結局、1969年ノ日本デ何ニ化ケレバ良イカ分カラナクテサ、」


「それで、最初に着陸した森の奥に置きっ放しにして来たんです……ってことで、取って来ますね」


 そう言うと女性は『何だかよく分からないもの』が置きっ放しにされている青木ヶ原樹海まで、


 ポワン。

 キュキュ。

 ヒュン。


 と、飛んで行った。


     *


 区役所通りに面した小さな商店街を、買い物帰りの女性が二人、お喋りをしながら歩いている。


 1969年11月13日。木曜日。14時25分。川崎市多摩区登戸。


 すると、その中の一人が、ふと、いつも子供たちにおもちゃをねだられる小さな模型店の前に、新しい形の電話ボックスが置かれているのに気付いた。


『あんなところに電話ボックスなんてあったかしら?』と、この女性は一瞬訝しんだが、友達とのお喋りも忙しかったし、結局、気にせず通り過ぎることに決めた。


 ただ、『最近のは青いのかしら?』と云う違和感だけはその後も残ることになるのだが。


     *


「1969年の日本で違和感のないもの……」と、小張Cが言った。「電話ボックスとかですかね?」


 すると、それを聞いていたDが、

「ああ、」と、とても得心がいったような顔をして、


「いっぱいあったって言いますもんね」と、Aが肯くと、


「どうですか?」と、Bが赤毛の女性に訊いた。


『どうですか?って言われても、』と、女性は一瞬悩んだが、『まあ、現地の人が言うのだから間違いはないだろう』と考え直すと、タイムボックスのカメレオン機能に自分の思い描く電話ボックスのイメージを送った。


 が、もちろん、彼女が思い描ける電話ボックスのイメージは、あくまでイギリスにあるあの青い電話ボックスのイメージでしかなかった。


     *


 さて。


 ちなみに、このタイムボックスには赤毛の女性のブーツに使われているのと同じ技術が使用されていて、その内部は 《見た目よりもずいぶん広い》形になっている。少し紹介しておこう。


 先ず、外から帰って来た者がタイムボックスの扉を開くと、そこには工事現場で見るような狭い足場が2~3mほどあって、そこから小さな階段へと続き、その下に16~18畳ぐらいのメインコントロールルームが置かれている。


 このメインコントロールルームの下にはエンジンルームがあるのだが、莫大なエネルギーが渦巻いているため、専門のエンジニアでもない限り、一般のタイムパトロール隊員がそこに立ち入ることは先ずない。


 また、メインコントロールルームの上部には、そこを取り囲むように正二十角形の歩廊が張り巡らされており、その所々にハンドルやらレバーやらコントロールパネルやらが取り付けられていて、こちらがいざと言う時のサブコントロールルームとして機能するようになっているワケだ。


 が、もちろんこれも明らかな設計ミスであって、単独行動中のパトロール隊員がこのサブコントロールルームを使用するためには、サロモネアス星人のような極端に長い手足か、ジバレーのような超高速で移動出来る能力が必要となる (ちなみに 《ジバレー》とは、知性を持った黄色の光のことである)。


 更に、肝心のメインコントロールルームの内装については各隊員の自由にして良いことになっているが、それに掛かった費用は毎月の給料から天引きされる仕組みになっている。


 なので、先輩からのお下がりを支給された若手隊員たちは、いきおいその内装を引き継ぐことになるケースが多い。――もちろん、本人の美意識が許す範囲での話だけれど。


 ちなみに。


 今回、赤毛の女性が支給されたタイムボックスの内装はと云うと、前の使用者が大変遊び心に溢れていたか、若しくは大変に独特な世界観・美意識を持っていたかしたらしく、床も壁も全てをシルバーホワイトにした上で、メインコントロールルームの中央には真っ赤に塗り上げられた巨大なレイジースーザン (中華料理店で見るあの円卓)を置き、その上にコントロール用のレバーやらハンドルやらクラクションやら量子コンピューターやらを載せると、その周りに十三脚のトムソン椅子 (ピアノを弾く時に座る背もたれ付きのアレ)を床に打ち付けていた。


 そうして、そのレイジーなんとかスーザンの周りには……えーっと、パッと目に付いたものだけでも、


 仮眠用ベッドにもなるサイズのビーズクッション。


 サロモネアス星人向けのエアロバイク。


 古式ゆかしきタイプの冷凍睡眠装置。


 壁に埋め込まれた巨大なマーシャル社製の特注ギターアンプ。


 パンチカード式の自動相槌ロボット。


 ……等々が置かれていた。


「ナア、」と、この内装を改めて見たMr.Bが訊く。「改装シナイノカ?」


 それに答えて女性は、タイムパトロール本部の整備部に取った最初の見積りを想い出し、しかも、その大半がこれらガラクタの処分・リサイクル費用であったことを想い出し、しばし遠くを見詰めた後、


「お給料が上がったらね」


 とだけ答えた。


     *


 ブブブ、ブブブ。


 グオングオングオン。


 シュシュシュシュン。


 閑静な住宅街の一角に真っ暗な空間が現れたかと思うと、


 ギギギギギギギギギーーーーーギャース。


 と云う盛大なブレーキ音を響かせてから、直ぐに消えた。


「ウルサイナア!」と、Mr.Bは叫んだが、赤毛の女性は既に諦めていたし、他のメンバーは耳に手を当てて我慢していた。

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