第44話 川崎、生田、1969:その1

     *


「生田?」と、ヨレヨレのコートを会議室入口のハンガーに掛けながら男性が訊き返した。「川崎市の?」


「ええ、」と、机の上のホログラム地図を指しながら小張C。「おじさまに心当たりは?」そこが 《音主》のもともとの目的地だったらしい。


 2019年4月11日。木曜日。12時05分。石神井警察署来客用会議室。


 先ほどまでの、と云うか、つい先ほどまでいた前日の晴れ模様とは打って変わり、今、と云うか戻って来たばかりの、こちらの天気は、本降りの大雨である。


     *


 つい先ほど、と云うか、つい先ほどまでいた前日の水曜日。


 男性と小張Dがマネキンたちをテニスコートに足止めしている間、赤毛の女性と小張B&Cは、集音マイクとスマートフォンで 《音主》本体の位置を割り出し、その結果彼らの捕獲に成功したのは、前述のとおりだ。


 しかし困ったことに、捕まえた 《音主》は三体だったが、彼らは全員口を閉ざし本来の目的を言おうとはしなかった。


 更に、残る一体についても、彼ら自身その行方も知らないのだと言う。……もう少し話を聞いてみよう。


     *


「任務ハ成功シタ」と、リーダー格の 《音主》が言った。「シカシ直後、時空間ノ裂ケ目ガ生ジ、我々三名ハ、コノ時空ニ飛バサレル事ニナッタノダ」


 もちろん、彼らの言葉は人間には聞き取れないので、これはタイムパトロールの翻訳装置 《バベル》を通してのものである。


「任務と言うのは?」と、赤毛の女性。


「ソレハ答エラレナイ」と、《音主》。


「おじさまを襲った理由は?」


「時空間ノ歪ミカラ、ソノおすガ何カシラ関係シテイルト考エタカラダ」


「捕まえて、時空間移動の秘密を探ろうとしたってこと?」


「ソレガ無理デモ、殺セバ元ノ時代ニ戻レルカモ知レヌシナ」


「あなた達のタイムマシンには四名いたはずよね?もう一人は?」


「奴トノ別行動中ニ飛バサレタノデ、ソノ後ハ連絡モ取レテイナイ」


「私や小張さんを襲った理由は?タイムベルトが欲しかったの?」


「ソッチノ素ッ頓狂ナめすニツイテハ、ソノ通リダ。オ前ニツイテハ、任務ノ邪魔ヲシニ来タたいむぱとろーるダッタカラダ」


「任務とは?」


「ソレハ言エナイ」


     *


「聞けたのはそこまで?」と、男性。「僕が関係していると?」


「そう言ってましたけど、」と、机から少し離れた場所に座ったままで、女性は答えた。正直、土地勘が無いのでホログラム地図を見てもさっぱり分からないのだ。「心当たりはないんですよね?」


 ブブッ。


 机の上のヘルメットが小さく鳴った。博士からのテキストメッセージが届いたようだ。


     *


『o(〃>ω<)oオメデェエェェトオォォオオォォ!!!!!。

 ヽ(*´∀`)ノ キャッホーイ!!

 分かったよ!!∩^Δ^∩』


 と、机の上のヘルメットが……


「ちょ、ちょっとストップ!」赤毛の女性が慌てて読み上げ機能を停止した。


 流石に、博士の悪ふざけと云うか調子の乗りっぷりが度を越して来ている。このままではタイムパトロール全体のイメージを悪くしかねない。――誰だ?『今さら気にしても遅い』って思ったのは?


 仕方がないので、先ずは一人でテキストを読み、大丈夫そうなところに来てから他のメンバーに見せる・聞かせることにした。ああ、面倒くさい。


「えーっと、」と、女性。「それでは、改めて、読み上げさせて頂きます」そう言って彼女は、ヘルメットの読み上げ機能をオンにした。


『小張さん、おじさま、それにMr.B。よくやってくれた。』


 私の名前をうっかり書き忘れたようだが、そこは許すことにしよう。


『皆さんのご協力もあり、奴らの「任務」が何なのか、その対処法も含め、掴むことが出来たので、改めてお礼を言いたい。……言いたいところなのだが、ここで若干の問題がある。

 と云うのも、本来ならば、後の作業は我々タイムパトロールだけで行うのが筋と云うものなのだが、以前として乱渦流の影響もあり、こちらから1969年に近付くのが難しい状態が続いている。

 そこで、大変申しわけないのだが、今しばらく、引き続きのご協力をお願いしたいのだが、如何だろうか?』


 これに応えて小張Dが、


「もちろん!」と、嬉しそうに言うと、


「ここまで来たら最後までやらないと」と、Cも言い、


「川崎だから管轄違いですけれど、」と、Bがそれに続き、


「タイムトラベル緊急事態ですものね」と、Aが笑いながら言った。


 そうして、四人の小張は一斉に男性の方を振り向くと、


「ですよね?!」と、彼に訊いた。


 男性は少し躊躇ったが、何故か 《経験したことのない過去》を想い出したような気分になって、


「そう、ですね」と、言った。「最後まで、みんなでやりましょう」


『それでは早速だが、』


 と、こちらの答えを知っていたかのようにテキストメッセージが続けた。


『皆さんには1969年の11月13日木曜日に飛んで頂きたい。』


 すると、こちらも、この指令を待っていたかのように小張Aが、


「はい!」と、ピョンと立ち上がりながら言うと、


「どこまででも行きますよ!」と、Bも立ち上がり、


「どんな敵とも戦いますよ!」と、Cがそれに続くと、


「タイムトラベルにも慣れて来ましたしね」と、小張Dが笑いながらタイムベルトを腰に巻こうとしたので、赤毛の女性がそれを止めた。このまま放っておくと 《ドレミの歌》でも歌い出しそうだ。


『そうして、』


 と、博士のメッセージは更に続く。


『先ずは、ピンクのおきあがりこぼし人形を購入して頂きたいのだ。』

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