第40話 決戦:その2

    *


「今、ちょっと、お時間よろしいですか?」


 空地の外からマネキンたちに呼び掛ける声があった。


 水色のワイシャツに古めかしい茶色のツイードジャケット。黒のズボンに黒いブーツを履いて、右手には野鳥観察用に大枚はたいて購入した大きな双眼鏡を持ち、空いた左手は真っ赤な蝶ネクタイの位置を直している。


「えっと……『私が、小張千春です!』」


     *


 さて。


 これより四時間ほど前、と云うか、十七時間ほど後、と云うか、小張A&Bの主観では四時間ほど前のことで我々が過ごしているこの時間の流れでは十七時間ほど後のことになるのだけれど (ああ!メンドクサイなあ!)、つまりは、前回、博士から届いたメッセージを聞いていた時の話。


『そこで私は言ってやった。』と、机の上でヘルメットの読み上げ機能が声を出す。


『「それでは完璧に球状なアントワンスオオカンムリイワシを準備してくれ」とね。

 すると、そのタイムトラベラーはこう返して来たんだ。

「それでも、ヨナは神の声を二度聞いたじゃないですか」ってね!

 ヘ(^0^)ヘ ☆爆笑☆ ヘ(^0^)ヘ。』


 すると、これを聞いていた小張A~Dが大爆笑で答えた。


「最高ですね!」と、小張A。


「さっきのアルファとベータのお話しも面白かったですけど!」と、これは小張B。


「ア、アルファが、ベ、ベータを……だめだめ、お腹痛くなっちゃう!」で、これがC。


「オブシビダン博士、最高!!」と、最後にDが、ヘルメットの読み上げ機能を一時停止しながら言った。


「あの……」と、そんな彼女たちの様子 (狂態?)を少し離れたところで見ながら男性が訊いた。「分かりますか?」


 訊かれた女性は――丁度、フェイズシフターと呼ばれる装置のリミッターが外せないか試していたところだったが――直ぐに、「ああいうのは、博士にお任せしてますから」と答えた。


「ですよね……」と、男性は言うと、再び小張たちの方を振り向いた。


『さて、冗談はこれぐらいにしておいて。』と、ヘルメットが言った。


 もちろん小張A~Dからは不満の声が漏れたが、宇宙の命運が掛かっていることに変わりはなく、冗談ばかり言ったり聞いたりしているわけにもいかない。


『マネキンたちの出現ルートと、こちらのタイムトラベルの流れ、それにおじさまの行動範囲等から考えると、

 ①マネキンたちは、自由に時間を移動出来ている訳ではない。

 ②しかし、時空間の裂け目やタイムトラベルの痕跡を探すことは出来るらしい。

(多分、音波の乱れを利用しているのだろう)

 ……と云うところまでは分かった。

 なので、これらを利用して彼らを誘き出すことは可能だろう。』


「あの、」と、再び男性が赤毛の女性に訊く。「誘き出すと云うのは?」


「ああ、」と、フェイズシフターのリミッターを外しながら女性が答えた。「小張さんにおとりになって貰うんだと思います」


     *


 異様に首の長い女性が――女性型のマネキンが小張Aの方に左手を伸ばすと、


 ピシュン。


 と云う音を立てた。


 が、撃ち出されたFRP弾は小張Aから20cm右にずれたところを飛び去って行き、空地の入り口付近に立てられた小さな看板に当たった。


 カン。


 と云う音がした後、女性型マネキンは少し躊躇う様子を見せたが、すぐに、今度は両方の手を小張Aの方へと向け、FRP弾を発射しようとした。が、その直後、


 カンカンカン。


 と、今度は、先ほどMr.Bが飛び込んで行った建築資材置場の方から金属を叩く音が聞こえた。


 横倒しに置かれた土管の上に一人の女性が立っている。


 白いシャツにグレーのクラパットを付け、お洒落なフロックコートを羽織ってはいたが、肩に掛けたトートバックと腰に巻いた奇妙なベルトのせいで全てのバランスが台無しになっている。

「ええっと……」


 と、小張Aに目でサインを送りながら言った。


「『私が、小張千春です!』」


     *


 この声を空地から離れた場所で聞いていた 《音主》の本体三人は、目標の距離を計り損ねることになる。


 見分けの付かない同じ振動数を発する個体が二つ現れたからである。


     *


『《音主》族は聴覚を異常に進化させた種族であり、そのため視覚はほぼゼロに等しいが、代わりに音で世界を把握しており、個体によっては、戦場で飛び交う銃弾の数さえ言い当てられるそうだ。

 が、視覚に優れた種がその視覚に頼り過ぎてしまうのと同様、聴覚に優れ過ぎた種も、その聴覚の鋭さがアダになることもある。』


     *


 同じ振動数を発する二つの個体を捉えた 《音主》の一人が、隣にいた他の《音主》に『私と同じか?』と訊いた。


 訊かれた方の一人は『同じだ』と答えた。


 すると、それを横で聞いていたもう一人の 《音主》が『私も同じだ』と言い、『どちらが本物だ?』と他の二人に訊いた。


     *


『そうして、幸いなことに、こちらには今回、全く同じ個体が四人も揃っている。』


     *


 ピシュン。


 と、女性型マネキンが小張Bに向けてFRP弾を発射した。


 が、その時に聞こえた小張Aの心臓の音に気を取られたのだろう、目標をわずかに外してしまうことになった。


『なにか違いは?』《音主》の一人が言った。


 それに応えて、


『心音も呼吸音・動作音もまるで同じに聞こえる』


 と、別の一人が言った。


『我々の聴覚器官が異常を来たしたのではないか?』


 ピシュン。今度は小張Aに向けて男性型マネキンがFRP弾を発射した。


 が、これも小張Bの呼吸音に気を取られて的を外してしまうことになった。


     *


『だが、この目くらましも長くは持たないだろう。きっとやつらも軍人だろうからね。

 なので、やつらが気付く前に、次の段階に進んで貰いたい。

 タイムベルトの安全装置の外し方は、先ほどお伝えしたとおりだ。』


     *


 ピシュン。


 再び女性型マネキンが小張Bに向けてFRP弾を発射した。


「いたっ」


 と、Bが小さく叫んだ。


 左頬から微かに血が出ている。


『こちらの方が、』と、《音主》の一人が他の二人に言った。『わずかだが音が低い』


「ねえー」と、空地の反対側から小張AがBを呼んだ。「そろそろじゃないですかー?」


 この声に応えるように、小張Bは、タイムベルトの 《SPACE》側ダイヤルにその左手を掛けると、「分かりましたー」と返した後、「今から行きますねー」と言った。


 直後、


 ポッ。

 キュ。

 ヒュ。


 と云う音がして、土管の上から小張Bの姿が消えた。


 かと思うと今度は、


 ブ。

 グ。

 シュ。


 と云う音が空地の反対側からして、今度は小張Aのすぐ横にその姿を現した。


     *


『タイムベルトの安全装置を外す目的は二つ。

 一つは、《SPACE》の機能のみを利用すること。いわゆる瞬間移動をした感じになるが、体に悪いので頻繁な使用は避けること。

 そしてもう一つは、時空間への扉を意図的に開きっ放しにしておくことだ。』


     *


「では、」と、小張BがAに言った。「飛ぶので掴まっておいて下さい」


 そう言われてAは、Bの両肩をヒシと掴むと「ちょっと怖いですね」と、それでも少しワクワクした様子で言った。「もちろん、二つの意味でですけど」


 カチリ。


 と、小張Bがタイムベルトのスイッチを――今度は 《TIME》と 《SPACE》両方のスイッチを入れると、


 ポワワワ。


 と云う音とともに白い空間が現れ、


 キュウウウ。


 と云う音がして小張A&Bを引き込んだかと思うと、


 ヒューー。


 と云う細く長い音がして、その空間が突然……消えなかった。


 いや、正確に言うと、ゆっくりと、だが確実に、白い空間は消えて行こうとしており、引き込まれた小張二人の姿もすでにそこにはない。


 マネキンの一体が、未だヒューー。と鳴る白い空間のそばまで近付き、その右手を空間の中に入れると、すぐに引き出した。『扉』はまだまだ開いていそうだ。空地には、いつの間にか 《音主》たちの姿も見えていた。みなスライム状で、それぞれが操るマネキンの背中に張り付こうとしている。


『入るか?』と一人が訊いた。『もちろんだ』とその横にいた一人が答え、『やつらを追おう』と、もう一人の 《音主》も賛成した。『連合が独占しているタイムトラベルの秘密を盗み出すチャンスにもなる』


 そうして三人の 《音主》と三体のマネキンは、その白い空間の中へと入って行った。


 そうして、またその直後、まるで計っていたかのように、


 ヒュン。


 と云う音がしたかと思うと、白い空間は完全にその姿を消した。

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