第37話 チーム石神井
「じゃあ、野球場ですかね?」と、小張B (フロックコート)が言い、
「でも、必ず誰かしらいないですか?」と、小張C (コンバース)が返すと、
「お弁当広場?」と、小張D (黒パーカー)が対案を出し、
「同じですね」と、蝶ネクタイを結び直しながら小張Aが言った。「あと、周りの木が気になります。木だけに」
二時間ほど前に降り始めた雨は本降りへと変わり会議室の窓を強く叩いていた。2019年4月11日。木曜日。11時45分。
そろそろ石神井署の署員たちが、
『今日は小張さん見ないですね。』
『会議室じゃないですか?雨だし。』
『ま、姿を見ないってことは 《すべて世は事も無し》ってことだよ。』
……的なやり取りを始める時間帯だが、今日に限っては 《すべて世は――》どころか世界とか宇宙とか時空間とかの命運が、彼女と云うか彼女たちと云うか彼女たちプラスおっさん一名の肩に掛かっていたりするのだから、《神は天にいまし》かも知れないが、その神さま達が何を考え何をしているかは我々人間には分からないものである。
「あれは何を打ち合わせているんでしょう?」と、湿気のせいで曇り出したメガネを拭きながら男性が訊いた。
「多分、」と、下ろしていた髪の毛を頭の上でまとめながらタイムパトローラー (制服に着替えました)が言った。「マネキンをどこにおびき寄せるかの相談でしょうね」
「なんだか、」と、メガネを掛け直しながら男性は言い、窓の外で降り続く冷たい雨の方を見た。「私のせい?で、大変なことになってしまいましたね」
*
『つまり、そちらの男性が乱渦流及び時空間の亀裂を発生させる原因になっている……と考えれば、話はスッキリするのだ。』
小張たちの作戦会議から遡ること三十分ほど前。博士からのテキストメッセージはまだ続いていた。
『以前にも書いたとおり、君とMr.Bが弾き飛ばされた乱渦流は、
――――――――――――――――――
・時点B1→×乱渦流×→時点A1
――――――――――――――――――
と云う感じで、《時点A1》が 《時点B1》と切り離されようとしているために起きている現象だ。
だが、それと同時に、《時点A1》の消滅が長引いていることが乱渦流を大きくする原因にもなっている。なぜなら、
――――――――――――
×時点B1→時点A1
〇時点B1→時点A2
――――――――――――
と云う切り換えが速やかに起こりさえすれば、乱渦流は発生する必要がなく、その付随現象としての時空間の亀裂も生じ得ないからだ。
*
「テニスコートは?」と小張Bが言った。「時間帯によっては誰もいませんし」
「雨の日はダメですよね?」と、小張C。「道具がダメになっちゃいますし」
「マネキンがうろうろし出したのはいつ頃からでしょうか?」と、小張A。
「水曜に行った時の履歴からすると、」と、スマートフォンの地図アプリを立ち上げながら小張Dが言った。「先週の後半辺り――ですかね?」
*
『1969年のマネキンは時空間の亀裂を利用したか飲み込まれたかして2019年に現れたと考えられるが、地球に来た 《音主》族がいきなり新しいタイムトラベル技術を開発したとは考えられないし、タイムパトロール隊員の道具が奪われたり盗まれたりしたと云う報告も届いてはいない。』
赤毛の女性は、この「奪われた」の部分で一瞬ギクリとした。小張にタイムベルトを使われまくっていることの重大さを改めて思い出したからだが……取り敢えずしらばっくれておけば良いかしら?
『もちろん。そう云う意味では、君が書くべき始末書の数も十枚では済まないからその積もりで。』
ダメだ。やはりこの博士は仕事だけは出来る。前回の報告から増えたであろう、これから行う作戦で増えるであろう始末書の数を数えようとして……再び女性は考えるのを止めた。
『脅かしてごめんね。<(_ _)>
でも、仕事は仕事なのだよ。
閑話休題。
さて。
そこで、乱渦流及び亀裂発生の原因として考えられるのは、
―――――――――――――――――――
①1969年との強い絆を持ち、
②且つ、未来の世界にも強い思い入れの
ある何者かが、
③《歴史が書き換えられる前の記憶》を
想い出そうとしているのではないか?
―――――――――――――――――――
……と云う可能性だ。』
*
「そう言えば」と、小張C (コンバース)が小張D (休日のお父さん)に言った。「ここに連れて来られる前、秋月さんに変なことを言われましたよね?」
その言葉を受けて小張Dは、「あっ」と小さく叫び、今まさに想い出したと云うような口調で「『今日、多くない?』でしたっけ?」と、言った。
*
『そこで、改めておじさまにお訊きしたいのは、
①過去に未来に行った経験は?
②タイムマシンを持っていないか?
③未来の世界に友人・知人はいないか?
と云う三点なのだが、如何だろうか?』
*
「なら、決まりですね」と、小張Dが言うと、
「時間は『4月10日。水曜日。15時から16時の間』」と、小張Cが続け、
「場所は、『石神井公園。テニスコート』」と、小張Bがそれを受けた。そうして、
「なんだかワクワクして来ましたね」と、(本当の意味で)初めて作戦に参加する小張Aが、「円陣、組みますか?」と、ぴょんぴょんと跳ねながら言った。
「ああ、」と、小張Bが言い、
「良いですね」と、小張Cも受け、
「円陣なんて大学のクリケット部以来ですよね」と、窓際の開いたスペースに移動しながら小張Dが言った。
そこで、
「あれ?」と、小張Aが赤毛の女性と男性の方を見ながら言い、
「お二人もどうぞ?」と、小張Cが、机の向こう側で躊躇っている二人を手招きした。
「いえ、私は、」と、赤毛の女性は断ろうとしたが、
「ほら、遠慮せず」と、小張Dが言うと、
「チームなんですから」と、小張Bが続け、
「行きましょうよ」と、女性の隣に立っていた男性が、彼女の肩を軽く叩きながら言った。
そうして六人 (この内、四人は小張千春だが)は、勢いを増した雨に打たれる窓の前で、小さな円陣を組んだ。
「二回目のはずなのに、なんだかワクワクしますね」と、小張B。
「私も。三回目のはずなのに」と、これは小張C。
「掛け声は誰が?」と、小張A。
そう言われて六人は、少しのあいだ顔を見合わせたが、
「僭越ながら私が」と、気持ち恐縮しながら小張Dが言った。「……良いですか?」
もちろん、他の五人に異論はなかった。
元はと言えば、小張たちを集めたのも作戦を始めようとしているのも彼女だ。
「それでは、」と、居住まいを正しながら小張Dが言った。「私が『チーム石神井!』って言ったら、皆さんで『GO!!』――と、お願いします」
この小張Dの提案に、残りの五人は (未だためらいがちのタイムパトローラーもいたが)無言でうなずいた。
「では……チーム石神井!」
「GO!!」
*
さて。
この掛け声は当然のように会議室の外にまで響き、昼食のお弁当を運んでいた外部業者のおばちゃんを驚かせた。
しかし、彼女・安原和美は、声の出所がいつもの会議室からだと分かると、『いつものあの人だね』と逆に安心し、「いっつも、楽しそうな職場だね」と、独り言ちた後、自分の仕事へと戻って行った。
*
『もし、この三点のいずれか或いはすべてに該当する、又は関連する何事かを想い出された場合は、モールス式信号でも何でも良いので、早急に連絡をお願いしたい。
事態は、皆さんが考えておられるよりも、実はかなり深刻なのだ。(◍•ᴗ•◍)♡ ✧*。オネガイ。』
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