第34話 1.21ジゴワットってなんだっけ?
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1971年のある日、ある二人の物理学者が、非常に精密な原子時計を飛行機に乗せた。
そうして、その飛行機が世界一周の旅行から戻って来た後、その原子時計は二人の物理学者の研究室へと帰されたのだが、その研究室には実はもう一台、全く同じタイプの原子時計が置かれていた。
このもう一台の原子時計の方は、ずっと地上の研究室で相棒の原子時計が旅行から帰って来るのを待っていたワケだが、その再会のあいさつもほどほどに、件の物理学者たちは、この二台の時計の時間を比べ始めた。何故なら、それこそが世界一周旅行の目的だったからである。
では、その世界一周旅行の結果なにが分かったのかと言うと、
『飛行機に乗った時計の方が、地上に残された時計よりも、59ナノ秒遅れていた』
と、云うことが分かったそうである。
これはつまり、別の言い方をすると、
『飛行機に乗せられた時計は、世界一周の後、59ナノ秒後の未来に来ていた』
と、云うことでもある。
そう。
これが所謂 《時間の遅れ効果》とか 《ウラシマ効果》で説明される現象で、
『物体の移動の速さが光の速度に近付けば近付くほど、その系の時間の進行は遅くなる』
と、言われているアレである。
さて。
今、「光の速度に近付けば近付くほど」と書いたワケだが、では『物体が光の速度に到達する』と一体何が起こるのだろうか?
面倒だし、どうせ私もしっかり分かっているわけではないので、詳しい数式等は省かせて頂くが、アインシュタインの理論によると、この時『時間の遅れは無限大』になる。つまり、『時は止まる』のである。(だからこそ『光より速いものはない』と云う相対性理論の重要な結論が導き出されるのである)
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「じゃあ、未来には行けるけど過去にはいけないってこと?」と、秋月佳奈子が言った。
それを横で聞いていた畑中健乃は「あんた、今の話分かったの?」と驚いて訊き返したが、そんな二人に答えるように小張千春は、「そうですね。『光よりも速いものはない』と云う原則がある以上、『時間を後ろ向きに進む』ことは出来ませんね」と言った。
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では、過去へのタイムトラベルを可能にするためにはどうすれば良いのだろうか?
確かに、どんな物体も物質も光より速く動くことは出来ない。しかし、光自体の運動が影響を受けた場合はどうだろうか?
またしてもアインシュタインの理論によれば、もの凄く重い物体 (ブラックホールとか)が自転している時、それらは通過しようとする光をもその中に引きずり込もうとする。
そうして、この物体が十分に重く十分に速い速度で回転していれば、光はそれらのねじれた重力場に捉えられ、このループ空間を引っ張りまわされることになるのである。
が、では、ここで、一人の人間がその回転している重力の渦の中に飛び込んだらどうだろうか?
彼もしくは彼女と光との関係は変わらないものの、光自体が渦を巻いてまわっているので、その人間の動きを遠くから見れば……
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「ごめん。コハッちゃん」と、畑中健乃が口を挟んだ。「私の頭が渦を巻いて来た」
「ちょっと、良いとこなのに」と、秋月佳奈子が畑中を責める。
「悪いけどさ、マジで分かんない」と、畑中。「要は、光より速く動けば良いわけね?」
「えっと、」と、少し考えながら小張が答える。「そう……ですね。例えばワームホール型とかは回転は必要ないですし」
「ごめん。ワームホールってなに?」と畑中は言ったが、直ぐに自分の発言の不用意さに気付き、「あ、ごめん。やっぱ今日はいいや」と、付け加えた。これ以上頭をこんがらがらせるのは止めておこう。「つまり、みんな、その光よりも早く動くことに必死なワケね」
「いや、それがですね」と、小張が言った。「どうも、それだけじゃなかったようなんです」
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そう。
実は遠い将来、「えっ!そんな簡単なことで良かったの?」と、世界中と云うか銀河中から言われることになるタイムトラベル理論が発見され、今まで話したような『光の速さ云々』と云う議論自体がバカバカしくなるほどにタイムトラベルは簡便化されるのである。
しかも、その発見をしたのが当時星間連合に登録したばかりの発展途上惑星・地球であったものだから銀河中と云うか宇宙中が上へ下への大騒ぎ……になるはずだった。
と云うのも。
先ず、大騒ぎをしたのは星間連合であった。なにしろ、この地球と云う惑星については、ついこの間まで『蛮族』『未開人』『(*検閲が入りました)的生命体』と蔑んで来た惑星であって、その当時も星内の統一すら出来ていないような野蛮極まりない惑星である (星間連合加盟時、地球は5つの国家に分裂していた)。
「ちょっと過去まで飛んで銀河の歴史無茶苦茶にしてくるわ」と言い出すバカが出て来てもおかしくない――と、連合本部は思っていたわけである。
なので、地球の五カ国共同派遣団が何をトチ狂ったのか連合本部に新しいタイムトラベル理論の報告・連絡・相談に来たときには、心底驚いたし安心もしたし不思議にも思った。『黙って使えば銀河の覇権を握るチャンスなんですよ?』と。
しかし、彼らにそのことを気付かせてはいけないし、こんな危なっかしい道具を手に入れた野蛮人を放っておくわけにもいかない。
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「どうする?」
「他にタイムトラベルに成功した星は?」
「数星あるけど、どこも大掛かりな装置が必要なタイプだ」
「彼らのは、500プラン (1プラン=約300円)程度で可能だものなあ」
「不幸中の幸いは、連中がこの発見を特別だとは思っていないところだ」
「『他の惑星のタイムトラベル技術者と意見交換がしたい』とか言われた時は吹き出しそうになりましたよ」
「タイムトラベル法は?」
「あんなもの50ネット前 (1ネット=約6ヶ月)に作ろうとして『必要ないよ』と放り出したのはあんただ」
「なら、今、こっちの都合の良いように作ってしまえ!」
と云うような会議が非公開で開催されると、その結果、晴れて地球は、当時結成されようとしていた (と、その会議で決められた)タイムパトロール部隊の技術顧問に任命されることになったのである。
*
「な、」と、連合本部からの帰り道、五カ国共同派遣団の副団長であったキム=オブシビダンは「正直に報告して良かっただろ?」と、得意気に言った。「彼ら汗ひとつ掻いてなかったじゃないか」
しかしそれもそのはずで、彼らが連合本部を去った直後、タイムトラベル法が突貫工事的に整備されると、30ネット時間を遡った時点で施行されることになった?なる?(ええい!時制がややこしい!)からである。
で、まあ、そんなこんなのすったもんだの結果、そのタイムトラベル法第三条第二項には『タイムトラベルの利用には、星間連合本部の許可が必要である』との旨がしっかりと明記されていたし、且つ、その同第五条第一項には『過去への干渉は最小限とする』との旨もきっちりと書き込まれることになるワケである。
なので本来ならば、地球は銀河の覇権を握るチャンスをみすみす見逃したことを嘆き悲しむべきであるし、件のキム=オブシビダン男爵 (例の博士の曾々々祖父に当たる)は地球全体から非難されて然るべきところだったのであるが、タイムトラベル技術そのものについての歴史が書き換えられたために、地球の誰もそのことに気付いてすらいないのである。
*
「それはつまり」と、メディカルガンで打たれた右手を掻きながら男性が言った。「……なんの話でしたっけ?」
「ですから、」と小張Aが言うと、
「その『簡便化されたタイムトラベル』を狙う宇宙人は多くいて」と、小張Cが言い、
「今回のマネキンも、その一つかも知れない。と云うことですよね?」と、赤毛の女性の方を向きながら小張Bが言った。
女性は再びロッカーの扉を開けながら、
「まあ、その可能性はある、と」
と言うと、
「すみません。私の制服知りませんか?」
と、小張Dに訊ねた。流石に、アーサー・デントみたいな格好はそろそろやめにしたい。
そう訊ねられた小張Dは、一瞬「あっ」と言ったかと思うと、
ポワン。
キュキュ。
ヒュン。
と云う音とともに消え、
ブブブ。
グオン。
シュン。
と云う音とともに現れた。
手には、近所の神代クリーニングから――明日の朝になって――戻って来たばかりのタイムパトロールの制服を持っていた。
「はい。どうぞ」と小張Dは言った。「血の染みは落ち切ってないそうですけど」
そう言われた赤毛の彼女は、この一件が終わった後に書かなければならない始末書の数を、数えようとして、数えるのを止めた。
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