第25話 これも、博士の趣味。

『そこで私は教授に言った。「可逆時間のセンタグメントを構成する五次元振動のチテトポップスを逆に利用してはどうですか?」

 すると教授が、「そのためにはトパチャックのキャプランチを外す必要がないかね?」と訊き返して来たので私は言ってやったんだ。』


 地面に置いたヘルメットが引き続き博士からのテキストメッセージを読み上げていた。


『「そんなことをしたら逆流時間があふれ出して……せっかく集めたディメントロン粒子が絶世の美女に変わってしまいますよ」ってね (爆笑)。ハハハハハ。どうだい?なかなかに気の利いたフレンチ・タイム・ジョークだと思わんかね。』


「ソレデ、」と、ヘルメットから聞こえる音声を無視しながらMr.Bが訊いた。「コレカラドウスル?」


「先ずは、」と、赤毛の女性が、こちらもヘルメットからの音声を無視して答える。「ヘルメットの亜空間探査レーダーを改造して②の要素を探せないかやってみるわ」


「『《時点A1》ト 《時点B1》ヲ強ク繋ゲル何カ』ダケデ見ツカルカネ?」


「さあ、」とヘルメットの頭を軽く叩きながら女性。「やってみるしかないんじゃない」


 ただ、まあ、それ以上に、このヘルメットの読み上げをいつ止めるか?の方が喫緊の課題ではある。『このテキストはいつ終わるのよ?』そう彼女は、いらだちも込みで思った。


『ハハハハハ (爆笑)』と、ここで更に彼女の神経を逆なでするような笑い声がヘルメットから聞こえた。


『小粋なフレンチ・タイム・ジョークの連発で君たちの心もだいぶ和やかになっただろうから、そろそろ本題に戻りたいと思う。』


 発作的にヘルメットを地面に叩き付けようとした女性をMr.Bが止めた。


『先ず、このテキストの一番最後にヘルメットの亜空間探査レーダーの改造コードを記載しておく。

 このまま読み上げを続ければ自動的に改造モードに入るようになるので、くれぐれも途中で切ったりリプレイしたりしないようにしてくれたまえ。……まあ、小粋なフレンチ・タイム・ジョークを聞き返したい場合は別だがね!! (爆笑)』


 女性が、今度は実際にヘルメットを地面に投げ付けたので、Mr.Bは体を張ってそれを受け止めた。


 そうして、間一髪で地面への直撃を免れたヘルメットではあったが、そんなMr.Bの苦労などは知らぬ存ぜぬと云った風に、テキスト読み上げを続けている。


『さて。

 次に本部での調査状況だが、乱渦流の影響でそちらの 《時点B1》へ行くことはもちろん、時空間カメラ・時空間マイク等を使用した調査も行えなくなっていることを伝えておこう。

 そのため現在は、資料室をひっくり返しながら1969年の日本における重大事件等からヒントになる事象がないか調べているところだ。』


「一応、」と、ヘルメットを元の位置に戻しながらMr.Bが言う。「仕事ハきちんトシテイルンダナ」


『それから最後にもう一つ。

 これはあくまで私の勘だが、君たちが不時着した地点 (時点ではなく地点)が出発地点よりも北に動いていたことから考えると、②の要素は、その時代の日本で言うところの、《神奈川よりは埼玉寄り》にある可能性が高いと思われるので、是非参考にして頂ければと思う。』


「一応、」と、昂った気持ちを落ち着かせようとしながら女性が返す。「仕事は出来る人だから」


『また、例によって君、若しくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されることがあったとしても、当局は一切関知しないからそのつもりで。』


「ナニ?」


『成功を祈る。』


「いま、なんて言ったの?」


『なお、このテキストデータは5秒後に自動的に爆発する。』


「エエッ?」


『五・』


「そんなルールあったの?」


『四・』


「ド、ド、ドウスル?」


『三・』


「とにかくヘルメットから離れて!」と言いつつ松の木の陰に飛び込む女性。


『二・』


「デ、デモ、へるめっとガナイト」


「命の方が大事でしょ!」と、Mr.Bを木陰へと引っ張り込む。


『一!』


《御手植之松》が小さく揺れ、近くで眠っていた鳥たちも目を覚まして飛び去って行った。松の木の陰からは女性とMr.Bが恐る恐ると云った感じにヘルメットの方を見ている。が、何も起きる様子はない。


『プパパペピポ、パパン。』


 と、ヘルメットから博士が書き込んでおいたと云う改造コードの読み込み音が聞こえた。

 そうして、


『ドゥン、ドゥン、ドゥッドゥン。

 ドゥン、ドゥン、ドゥ、ドゥン。

 ドゥン、ドゥン、ドゥッドゥン。

 ドゥン、ドゥン、ドゥ、ドゥン。』


 と、やたらと腹に響くベース音が続いた。


「ナア」と、Mr.Bが訊く。「コレモこーどノ一部カ?」


『パパパー、パパパー、パパパー、

 ドゥン、ドゥン、ドゥッドゥン。

 パパパー、パパパー、パパパー、

 ドゥン、ドゥン、ドゥッドゥン。』


「さあ」と、心の底から疲れたと云うような声で女性が言った。


『この物語は、実行不可能な指令を受け、頭脳と体力の限りを尽くし、これを遂行するプロフェッショナル達の活躍の物語である!』


「これも、」と言いつつ、女性は地面の上にへたり込んだ。「博士の趣味なんじゃない?」


 ピー、カチン。


『てきすと、ノ、読ミ上ゲ、ヲ、終了、致シマシタ。』


 キーーン。キッ。


 ヘルメットが、奇妙な音とともに止まった。

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