第23話 good night baby(part5)

「夫人の主治医と連絡が取れました」パソコン画面の向こうで松井が言った。「オーナーから強く口止めされていたようですが、小張さんの推測どおり、メラノーマというのはガンと同じなんですね――それが骨にまで転移していたようで、ほぼ末期状態で、助かる見込みはなかったそうです」


 つい半年ほど前まではスマートフォンを持つことすら拒んでいた松井であったが、これも小張の影響なのだろう、意を決して持ってみたところ若い人たち以上に見事に使いこなしている。


『未来と云うのは、いつの間にか来ているものですね』と、ある時彼は言ったが、まったくその通り。実は、今進めている今回のお話しもそう云うお話になる予定なのですよ、松井さん。


「パニックルームの方は?」と、パソコン画面のこちらで小張が訊いた。「もう、見られましたか?」


     *


 さて。


 今は、2019年4月10日。水曜日。15時55分。何度も時間が前後して大変恐縮だが、前章でもお伝えしたとおり、時空間そのものも前後したり混乱したり慌てふためいていたりする最中なので、この辺りの分かり難さは、賢明なる読者諸姉諸兄のリーディング・スキルを信頼し、あんまり気にせずこのまま進めさせて頂こうと思う。


(まあ、もちろん、筆者のライティング・スキルが拙過ぎると云う可能性も多分にあるのが、それはあなた、《それを言っちゃあ、おしめえよ》である)


 閑話休題。


     *


 さて。


 今の小張がいる場所は、例によって石神井警察署の来客用会議室。自前のノートパソコンを持ち込んで、件のマンションへと向かった松井とネット通話の真っ最中である。


「ええ、」と、松井は続ける。「管理人の女性と一緒に見て来ました。昨晩お送りしたデータのとおりで、多数の保存用食料に本やDVDと云った娯楽品。それに、」


 と、ここで松井は少し言い淀んだが、これを受けて小張が、


「複数のマネキン?」と訊いた。


「正確には、」と松井。「7体ですね。それと、子供用のおもちゃが5体」


「7体の中には、その、」 と、小張が途中まで言い掛けて止めた。流石の彼女でも言葉の選択に悩む内容のようだ。


 すると、そんな小張の代わりに、「オーナーのマネキンもあった?」と、後ろで聞いていた新津副署長が言った。


     *


 少し話を整理しておこう。


 都内某所のマンションで、そこのオーナー夫人の絞殺死体が見付かったのは、以前お話ししたとおり。


 また、それが第三者による犯行ではなく、夫人の死期を悟った夫婦の心中事件ではないか?と小張が推理したのも、以前お話ししたとおり。


 更に、行方不明の夫・このマンションのオーナー男性は、寝室横の隠し部屋・パニックルームに隠れているのではないか?――と小張が推理したのも、これまた以前お話ししたとおり。

 そうして、これらの推理のうち、『夫人のガン』と『隠し部屋の有無』については、小張の推理はみごとに的中した。


 しかし、『心中事件』については、オーナーの供述を(仮に彼が生きていたとしてだが)待たねばならないため、現在は保留中。


 また、『オーナーの行方』については、何と言うか、少なくともパニックルームの中にはいなかった……のであるが、その代わりと云うか何と言うか、大変精巧に出来た彼のマネキン人形が、件のパニックルーム内に置かれていたのである。


「オーナー本人ではないですよね?」と、半ば冗談・半ば本気で小張が訊いた。


「何度かこの目を疑いましたが」と、自分が見たものを再度反省するように松井が言った。「それでも、やはり、プラスチックの人形でした」


 ただ、あまりに精巧に出来た人形の顔に、彼の感覚も若干狂って来たようではあったのだが。

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