第22話 博士の趣味。

『ご苦労。エージェントP』と、地面に置いたヘルメットが言った。


『まさかこの年になってテキスト形式のやり取りをすることになるとは思いもよらなかったが、乱渦流の影響で音声データも映像データも遅れない状況なので、まあ致し方ないというところだろう。

 もちろん、少量の音声データであれば亜空間通信を利用して送れないこともないので、久々にモールス式信号でのやり取りも考えてみたのだが、新型のヘルメットにはモールス式信号のデータを入れていないことを思い出し断念することにした。

 もし君にモールス式信号の知識があり、私とのモールス式信号の交換に興味があるようなら、是非その旨を伝えて貰えればと思う。

 ちなみに、冒頭に書いた「この年」とは 《本部のある時代》と云う意味で、《私の年齢》とは一切関係がないのでそのつもりで。』


「ナア」と、Mr.Bが訊いた。「えーじぇんとPッテ誰ダ?」


「さあ、」とゴーグルの女性が答える。「博士の趣味なんじゃない?」


『ちなみに、このテキストデータは私の母国で大昔使われていた旧ハングル文字で書いているのだが、ヘルメットのテキスト読み上げ機能を使えば任意の言語に翻訳の上聞くことも可能なので、是非、君の母国語か興味のある他の言語で聞くことをお薦めする。

 ちなみに、私のお薦めは《古代ギリシア語・吟遊詩人バージョン》で他の隊員たちにも薦めているのであるが、みんな任務に忙しいのか、饗宴の準備が難しいのか、どうも使ってくれる者はいないようなのだ。( ノД`)シクシク…』


「ナア」と、再びMr.B。「最後の『( ノД`)シクシク…』ッテノハ何ダ?」


「さあ、」と女性。「博士の趣味なんじゃない?」


『と云ったところで、そろそろ本題だ。

 先ず、今回の現象は明らかに、時空連続体が破壊されたことにより、全く新しい代理の時空事象が作り出されたことがその根本原因であると考えられる。』


「ナア」と、Mr.Bは言い掛けたが、


「良いから聞きましょうよ」と、女性が少しいら立ち気味に言ったので、Mr.Bはそこで口を閉じることにした。 


『今、君たちのどちらか又は双方から「それはどういうこと?」と云う声が聞こえたような気がしたので、もう少し分かりやすい説明を試みてみよう。

 本来ならホワイトボードでも使うところなのだが……まあ、テキスト形式でどこまで説明出来るかどうか試すだけ試してみよう。(もし、読み上げ機能を使用しているようであれば、ホログラム機能の同時使用をお薦めする。)』


 博士の書いたテキストに言われるまま――もちろん、《古代ギリシア語・吟遊詩人バージョン》は使わないまま――女性がヘルメットのホログラム機能を入れた。


 すると、目の間の空間に旧ハングル文字 (つまりは二十一世紀現在のハングル文字)と漢字の入り交じった文章が浮かび上がり、テキストの読み上げと同時にスライドされて行った。


『先ず、我々の本部がある時点を 《時点A1》としよう。この 《時点A1》は本来、いま君たちがいる西暦1969年10月22日の延長線上にあるはずだ。

 今君たちがいる時点を 《時点B1》とすると、その関係性は、

――――――――――――

・時点B1→時点A1

――――――――――――

 と云う風に示される。

 もちろん、右 (縦書きなら下)が未来で、左 (縦書きなら上)が過去だ。

 さて、ここで、この 《時点B1》若しくはそこに近い時点の何処かで、この矢印が歪んだとしよう。

 すると、そこに別の未来 《時点A2》が作り出されることになる。

――――――――――――

・時点B1→時点A2

――――――――――――

 ここまでは大丈夫だろうか?

 そして、この 《時点A2》が作り出された段階で、《時点A1》は消え去り 《時点A2》だけが残されることになる。

――――――――――――

×時点B1→時点A1

〇時点B1→時点A2

――――――――――――

 まあこの点については諸説あるのだが、現在の君たちの状況を説明するにはこれが一番分かり易いだろうから、このまま続けさせて頂く。

 また、君や私にとって 《時点A2》は別の未来だが、《時点A2》で暮らす人々にとっては、そこが本来の未来でもある。』


「ナア」Mr.Bが恐る恐ると云う感じで女性に訊いた。「分カルカ?」


「ええ、」と女性。「博士の説明にしては珍しく分かりやすいわ」


『つまり、これは私の推測だが、現在観測されているこの乱渦流――君たちが本部に戻ろうとした際に弾き飛ばされたこの乱渦流は、《時点B1》から 《時点A1》が切り離されようとしているために発生したものであると考えられる。

――――――――――――――――――

・時点B1→×乱渦流×→時点A1

――――――――――――――――――

 ちなみに、この後切り離された 《時点A1》が消え去るか別の宇宙として存在し続けるかは現在の科学技術を持ってしても証明不可能なところであるし、君たちにとってはそれどころではないだろうから説明も考察も省くが、個人的には、今回の事象を奇貨とし、様々な実験を行ないたいところであったりするのだが……。

 まあしかし、そんな実験が上層部引いては星間連合にでも知られるとまた大目玉をくらうし、私がこんなことを書いていたのがバレるだけでも例のババアどもが口うるさく言ってくるだろうから……、えーっと、この件は是非とも他言無用として頂きたい。<(_ _)>』


「ダカラ、『<(_ _)>』ッテノハ何ナンダヨ」と、Mr.Bは言ったが、女性は何も答えなかった。


『しかし分からないのは、この事象を我々が観測出来ていると云う事実の方だ。』


 と、ヘルメットの読み上げ機能が続ける。


『と云うのも、現在の時空間理論に従がって考えるならば、《時点A1》と 《時点A2》の切り換えは文字通り瞬時――と云うか無時間的に行われ、《時点A1》の住人である我々が 《時点A2》はもとより乱渦流の発生その他を観測すると云うこと自体、先ず考えられないことだからだ。

 もし、観測の可能性があるとするならば、

―――――――――――――――――――

①《時点A1》と《時点A2》の差異が

 あまりにも大き過ぎるために、時空間

 そのものが抵抗を試みている。

②《時点A1》と《時点B1》を強く

 つなげる何らかの要素が存在する。

③①と②の両方 

―――――――――――――――――――

 と云うことぐらいしか考えられないのだが、①であれば 《あとは神のみぞ知る》であるし、②③であれば 《天は自ら助くる者を助く》と云うことになる。』


「ナルホドナ」と、Mr.Bが言った。「ツマリ僕タチニ出来ルノハ、」そうして、「②の要素を探すってことだけね」と、彼に続けて女性が言った。

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