第21話 御手植之松

 ゴッ。グオン。ドシュン。


 夜になり誰もいなくなった広い公園の池の上に一瞬、真っ暗な空間が現れたかと思うと、その内側から烈しい光と波動を撒き散らして、直ぐに消えた。


 そうして、それとほぼ同時に、


 ボチャン。


 と、池に何かが落ちる音がした。


 池の周りの鳥やメタセコイアたちは、その撒き散らされた光と振動に、少しの間動揺したものの、自分たちへの脅威がないと分かるや、また夜の闇の中へと溶け込んで行った。


 それからしばらくして、


 ザバア。


 と、池から何かが這い出て来るような音がしたが、その塊は息も絶え絶えだったし、その塊を担いでいる方も鳥やメタセコイアたちに危害を加えられるような生物だとは思えなかったので、彼らはこの二つの塊に対し、無視を決め込むことにした。


 1969年10月22日。水曜日。22時11分。


「オイ、コラ、大丈夫カ?」とMr.Bが言った。「マタ太ッタンジャナイカ?」


「一言、多いわよ」と、彼に担がれながらゴーグル姿の女性は言った。「これでもダイエット中なのよ」


 Mr.Bは、彼女を池の畔にある小さな神社まで運ぶと、「一体、ココハ何処ナンダ?」と言いつつ、近くに植えられてあった松の木に彼女をもたれ掛けさせた。


 Mr.Bの質問に答えるように彼女は、ヘルメットのゴーグルを付け直すと「さっきの場所から13kmほど北ね」と言った。「時間は……二週間ほど未来」


     *


 東京都練馬区にある都立石神井公園の開園は1959年。


 園内には三宝寺池と石神井池を中心に雑木林や高い木立の広場や史跡等があり、武蔵野の緑を色濃く残す公園として、広く区民に愛されている。


 また、この三宝寺池の池淵には厳島神社、宇賀神社、水神社等の神社が置かれているが、この中の厳島神社には昭和天皇が皇太子時代に植えた 《御手植之松》が今でも残っているが、もちろんこの松に重傷の女性をもたれかけさせても……まあ、陛下なら笑ってお許しになられるだろう。


     *


「アレハ一体ナンダッタンダ?」と、《御手植之松》の上を行ったり来たりしながらMr.Bが言った。


「どっちの話?」と、これに応えて女性が訊いた。「敵の話?時空間の話?」


     *


 今の彼らがいる時間より2週間と6時間ほど前。1969年10月8日。水曜日。16時20分。東京都世田谷区都立砧公園バードサンクチュアリ。暗闇が近付いているその森の中を、複数の人影が音もなく走り廻っていた。


「オイオイオイオイ。数ガ増エテイナイカ?」人影に追い立てられながらMr.Bが言った。「ソモソモ、ごーぐるデ追エナイ相手ヲ見付ケヨウッテノニ森ニ入ルばかがイルカ!」


 と、走って走って (飛んで飛んで?)逃げ続けるMr.Bだが、そんな彼の言葉への返答が聞こえて来ない。「……アレ?」


 と、不審に思った彼が森の中を振り返ると、ゴーグルの女性が両方の足から血を流して倒れていた。


 複数の人影――男性型のマネキン人形たちは、Mr.Bには目もくれず女性の、彼女が持っている白い杖の方へと近付こうとしていた。


「何ヤッテンダヨ、止メルナ」と、Mr.Bが言い掛けた瞬間 (瞬間?)、ゴーグルの彼女以外の時が止まった。


『銃のようなものは持っていないようだけど』と、止まった時の中で、マネキン人形たちの手元を見ながら彼女は思った。足の負傷は見た目ほど酷くはないようだが、『このままここにいるのは危険かもね』


 そうして彼女は、時が固まったままのMr.Bのところまで這って行くと、右手で彼に掴まり、左手で白い杖のロックを解いた。


「リ遅ラセルナリシロ!」と、時間が動き出すと同時にMr.Bは叫び、彼を掴んでいる女性の重みで地面にぶつかった。


「……遅ラセタノカ?」と、頭をフラフラさせながらMr.Bが訊く。


「止めたのよ」と女性は言いつつ、腰に巻いた奇妙なベルトのダイヤルを回した。「くやしいけど、あなたの言うとおりね」例の白い杖はいつの間にかどこかに消えている。「一度本部に戻った方が良いみたい」


 クオン。ヒュッ。シュオン。


 一瞬、森の中の暗闇に真っ白な空間が現れたかと思うと直ぐに消え、それと同時に、女性もMr.Bもその空間に吸い込まれるように消えて行った。


     *


「弾は貫通したみたいだけど」と、どこからともなく取り出した銃のような何かで足の治療をしながら女性が言った。「多分、彼らの体と同じプラスチックだと思うわ」


「ぷらすちっく?」と、Mr.B。


「最初に会った女性型の方」と、銃のような何かをブーツの踵にしまい込みながら女性が続ける。「撃たれた直後に彼女の足に触ったけど、あれは確かにプラスチックだったわ」


「ジャア、自分タチノ体ヲ弾ニシテ撃チ出シテイルッテ事カ?」


「以前、星間連合の人から聞いたことがあるけど」と、《見た目より中が広い》ブーツの踵から、今度は緑色のタブレット (栄養補給剤?)を取り出しながら女性が言う。「ある種のソニック技術で、特定の物質を生き物のように操る星もあるらしいわ」


「ジャア、奴ラハ操ラレテイルぷらすちっくカ?」


「多分、」そう言いながら女性は立ち上がった。「大学で見たアメーバみたいなのが本体なんでしょうね」まだ足元は若干フラフラするみたいだ。


「マルデえすえふ映画ダナ」とMr.Bが、自分たちのことはすっかり棚に上げたまま、言う。


「それよりも問題は、」と女性が言った。出来れば血まみれの制服を着替えたいところだが、そうも言ってはいられない状況のようだ。「どうしてアレに弾き飛ばされたか?……よね」


 池の上には時空間のひずみが未だ残っていて、月からの光を歪ませていた。

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