第18話 世田谷区、砧公園

     *


 砧公園は世田谷区の中ほどに位置する都立公園で、その前身は紀元二千六百年記念事業として都市計画決定がされた大緑地帯であったが、その後、第二次大戦中は防空緑地として、大戦後は都営のゴルフ場として利用され、1966年からは緑地の一部をファミリーパークとして利用することにもなった。


 面積は39.1ha。桜の名所でもあり、周辺の小学校・幼稚園からは遠足で訪れる児童も多いが、1966年当時の開園時間は午前9時から午後4時30分までで、夜間立入は禁止されていた。つまり、夜間に身を隠すには持って来いの場所でもあったのである。


     *


 ブッ。クオン。シュン。


 枯葉を集めた山の中に一瞬、真っ暗な空間が現れたかと思うと直ぐに消え、ゴーグル姿の女性が現れた。


 1969年10月8日。水曜日。15時05分。先ほど撃たれた腹部の出血は止まっていたが、赤黒く汚れた制服がその傷の深さを物語っている。


「一度本部ニ戻ッタ方ガ良インジャナイカ?」と、Mr.Bが言った。


「大丈夫よ」と、少しふらつきながらも女性が答える。「傷は塞いだし、血はタブレットを飲んで補給出来るし」


「シカシ」と、Mr.Bは言い掛けたが、女性がこれを止めて、「それよりも」と言った。ゴーグルに映る信号に奇妙な違和感を覚えたのである。


「ナビゲーターに従がってここまで来たけど」と、再び何処からともなく例の白い杖を取り出しながら女性が言った。「さっきのヤツらとは微妙に波形が違うわね」


 腹部の傷を確認しつつゴーグルの縁を軽く叩く。暫くするとピッピッピ・ピピと小さな信号音がした。


「それじゃあ」と、杖を軽く握り直すしながら彼女は「森の方みたいね」と言い、森――砧公園のバードサンクチュアリの方へと歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る