第16話 good night baby(part4)
「この写真を見て下さい」と、若干ワクワクした口調で小張が言った。
再び時間は前後し、場面も再び石神井警察署の会議室である。
「この寝室のタテヨコの長さって、なにか不自然な気がしませんか?」と小張。
「確かに」と、新津が返す。
「縦方向――つまりベッドと同じ向きの方が、横方向に比べて短過ぎるような気がしますね」
「ですよね?」と小張。「最上階のペントハウスですから広さは十分にあるはずです。にも関らず、この寝室のベッドと壁の間は十分とは言い難い。更に」と、ジャケットの右ポケットから携帯用のルーペを取り出しながら彼女が続ける。「壁際の水槽に注目して下さい。水面が若干斜めになっていると思いませんか?」
新津が、小張から渡されたルーペを使い、改めて現場写真を覗き込んだ。「確かに。壁側に向かって、若干傾いていますね」水面に浮かんだ酸素供給機用の浮きのおかげで、辛うじてではあるが、そのことが分かった。
「つまり、」と小張は続ける。「壁の向こう側――奥さまの頭が置かれている方の壁の向こう側には、何かしら重みのついた空間があるのではないか?そのため、壁際の床が若干傾いているのではないか?と思われます」そう言うと小張は、松井にもルーペと現場写真を廻すよう新津を促した。
「それではオーナーは?」松井にルーペと写真を渡しながら新津が訊く。
「いわゆるパニックルーム」そう小張は返した。「緊急避難用の小部屋。そういう小部屋は鋼板等で補強されるので重みが付きます」
「いや、しかし」と、写真から顔を上げながら松井が言った。「何故、オーナーだけ別の部屋に?」
「そこなんですよ、分からないのは」と、困った顔の小張。「それでも、しかし、ご主人の行動範囲や前後の状況を考えると、その『もう一つの部屋』にいる可能性が大変高い」
ここまで言って小張は、『ある』と言うべきか『いる』と言うべきかで悩んでいる自分に気付き、そのことをとても興味深く思いながら話を続けた。
「先ほど私は、今回の事件を、『心中事件ではないか?』と考えました」と、手に持ったセロリを振りながら小張が言った。「でも、確かに、それでは、また新たな謎が出て来てしまいます」
このセロリは匂うためのものだったっけ?齧るためのものだったっけ?と、彼女は思ったが、どうもその答えは出そうにない。
「『なぜ、奥さまはベッドで一人きりなのか?』――心中事件であるなら、この謎を解かなければいけません」
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