第13話 引き出しの中の未来
カタカタカタカタカタ。六畳の和室にパソコンのキーを打つ音が静かに響いている。
2019年4月9日。火曜日。16時35分。この時間になると、東向きの窓から入って来る日差しも随分と弱い。
カタカタカタカタ……カタ。パソコンを打つ男性の手が止まった。勤め先に提出する報告書に区切りが付いたのだろう。イスから立ち上がり、扉横の電気のスイッチを入れに行く。
パチリ。天井のライトが男性の部屋を優しく照らした。
『子供時代と変わらないなあ』と、自身の書斎を見渡しながら男性は思う。古い木製の本棚に色褪せた畳。右手には押し入れがあって、東向きの窓の前にはずっと使い続けているスチール製の勉強机が置かれている。
もちろん、蛍光灯はLEDに変わったし、机の上には局から支給されたノートパソコンが置かれている。二階の窓から見える景色にもビルが増えたし、足元のコンセントではスマートフォンが充電されている。
そう。子供時代と変わらないものなんか何もない。確かに、未来は来ているのである。
『でも、何かが違うような気がする』と、再びパソコンの前に座りながら男性は思った。
好きな仕事には就けたし、大好きな女性とも結婚した。気性の荒い息子には苦労させられたが、彼も既に独立して家族を持っている。
そう。この家だって、子供時代に過ごしたあの家とは違う。
試しに(何を試すんだ?)、座っている机の引き出しを開いてみた。数カ月前にプリントアウトした地球温暖化に関する環境省のレポートと、それを読む時に使った赤のボールペンが入っていた。自分が印を付けた部分を読み直してみた。
確かに、未来は来ている。
だけれど、それでも、しかし、やはり何かが違っているような気がした。
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