第7話 東京都千代田区内幸町

 ブブッ。グオン。ブブッ。


 誰もいない工事現場の暗闇から一瞬、奇妙な音が聞こえ、その後、また何もなかったかのような静寂が訪れた。が、暫くすると、


 ブブッ。ブブッ。ブブッ。と、再び奇妙な音がして、また消えた。


 ブブッ。グオン。グオン。ブブッ。今度は音だけではなく、小さな光も見えた。


 ブブブッ。グオン。ブブブブッ。グオン。その光が徐々に大きくなっているのが分かった。暗闇に、と云うよりその空間に『穴』が出来掛けているのだ。


 ブブッ。グオン。ブブブッ。グオン。ブブブブッ。グオン。ブブブブブッ。グオン。


『穴』の拡がりに合わせ、向う側から届く光の量も増して行き、誰もいない工事現場のそこかしこを照らした。


 ブブブブッ。グオン。ブブブブ。ブブブブ。ブブブブッブブブブッブブブブブブブ。


『穴』の向う側から、雷光と見紛うばかりの光とともに奇妙な物体がこちら側に抜け出ようとしている。


 ブブブブッブブブブッブブブブブ。《good night、good ni》ブブブブッ。


『穴』の向こう側、と云うか、その奇妙な物体の内側で音楽が響いているのが聞こえた。


《ラララ、ラ》ブブブブッブブブブッブブブブブブブ。ブブブブッブブブブッブブブブブブブ。


『穴』が、まるで人体が溜まりに溜まった腸の内容物を吐き出す時のように、その奇妙な物体を吐き出そうとしているようにも見える。


《ララララ、ララ》ブブッブブッブブブブッ《ララララ、goo》ブブブブッブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ。


 そうして、『穴』と同意見だとでも言うように、その奇妙な物体――アメリカン・フットボールの球を大きくしてピスタチオ色に染めたような物体も、その体を小刻みに振動させながらこちら側に出ようとしている。ブブブブブブブブブブブブ。


《good night、good night、baby。》途切れ途切れだった音楽も、次第に明瞭さを増している。ブブブブブブブブブブブブブブブ。


《ラララ、ラララ》プレアデス・マイアから約440光年。彼らの時代からは約290年。ブブブブブブブブ――――ぽろん。


《ララララ、ララララ、

 ララララ、good night》


 長いと云うか、一瞬と云うか、船は無事目的地へと辿り着いた。1969年9月8日。月曜日。23時15分。東京都千代田区内幸町に現れたピスタチオ色のその船は、数分後には周囲の景色に溶け込み見えなくなっていた。工事現場の片隅に一メートル四方の先ほどとは別の穴が出来、その中から四個のスライム状の物質――この惑星での生存に適するよう姿を変えた乗組員たち――が出て来た。彼らは、暫くの間何事かを打ち合わせると、二手に分かれ、それぞれに西へと向かった。本当の目的地はここから更に約30km、約60日。その間に現地の調査と計画の準備を進める予定となっている。

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