第4話 蛍橋にて。

 さてここで、実は本編とは全く何の関係もないのだが、前章で小張千春が解決した事件について(内容的には、ハンス・グロスの時代から繰り返し紹介されて来たトリックが使われていた事件なのだが)、気になられる純真な読者の方もおられるだろうから、一応の概要だけは紹介しておこう。


     *


 事件は、ある日の早朝、石神井川に掛かる蛍橋の橋の上で、富士見台で穀物商を営むA氏の夫人が、拳銃で頭を撃たれ死亡しているのが発見されたことから始まる。


 しかし、凶器の拳銃が現場に見当たらなかったため、捜査員たちは当初、物取りによる強盗殺人だと考え、付近にいた浮浪者を一人、容疑者として拘束した。


 が、その後、夫人の持ち物から一枚のメモを発見。そこには、当時会計係として穀物商に出入りしていたB嬢のことが書かれており、『B嬢に命を狙われているかも知れない』との旨が記載されていた。


 そこで、警察がB嬢の住むマンションを捜索すると、彼女の衣装ダンスの中から夫人を撃ったのと同じ口径の拳銃が発見された。


 A氏が大変な素封家であり、B嬢に対し大変熱を上げていたこと等から『A氏との結婚を画策したB嬢による犯行』との線で捜査は続けられた。


 が、ここで小張千春の登場である。


 彼女は、現場から送られて来た写メを一瞥すると、死体側の欄干に不審な傷があることを発見、橋の下の水中を浚ってみることを提案した。


 そうして、翌日の朝には、水中から釣り糸 (テグス)で結ばれた拳銃と石が引き上げられ、鑑定の結果、この拳銃が夫人の頭部を撃ったものだと確認されたのである。


 B嬢の衣装ダンスに隠されていた拳銃は、この拳銃とセットで販売されたものであった。


 と云うことで、この事件は、B嬢に夫を奪われたと思い込んだ夫人が、夫の心を取り戻そうと画策した狂言殺人・自殺であったことが、その後の調査で分かった。


『何処かで聞いたような話だなあ』とお思いの方も多数おられるかと思うが、実はそれも当然のことで、小張千春がこのトリックに思いが至った理由の一つが、夫人の寝室を写した写真だったからだ。


 と云うのも、夫人のベッドの枕元には『シャーロック・ホームズの事件簿』の文庫本が置かれていたからである。


     *


《目に映る全てのことはメッセージ》とは小張の好きな古諺であるが、確かに、彼女はこの言葉を推理の基本としているようであった。

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