第8話 集落
集落に戻ると、教王の腕を取り戻した英雄としてリダくんは大いに讃えられ、集落の入口からネルガル祭司が待つ火葬神殿へは人々に囲まれてのパレードのような格好になった。
ついでに天使扱いのアタシも、アタシ自身はもちろん讃えてるほうの人たちも何だかわかってないままに褒めそやされた。
どーやら言葉が通じなくなったことで、より神秘的っぽい雰囲気になったみたいで、アタシが何を言っても意味とか無視してありがたがってる。
一方、一番活躍したフオシンくんは、本人がやけにひかえめに振る舞っているもんだから、リダくんのおまけみたいになってしまっていた。
「フオシンくんを崇めよー! フオシンくんを讃えよー!」
てなことをアタシが言ってみても、アタシのポロネキア語訛りの発音ではフオシンって言えてなくて別の言葉になっちゃってるっぽい。
みんなアタシに頭を下げて、アタシの発音を真似してくり返しているくせに、肝心のフオシンくんには見向きもしない。
「フオシンくん、もっとヒーローアピールしなよ」
アタシは周りで盛り上がってる人たちにバレないようにフオシンくんをこっそり突っついた。
フオシンくんはしばしキョトンとして、それからニコッとした。
「天使さま。ネルガル祭司には、ぼくが危ないことをしたのは黙ってて。リダ兄にもね。でないと怒られちゃうもん」
フオシンくんの笑顔が可愛くて、思わずアタシも笑顔で返した。
少なくともこのコとだけは、言葉が一方通行でも問題ないなって感じた。
火葬神殿の前に着く。
翻訳ピアスが細切れに拾った話によると、ネルガル祭司が次の教王になって、空いた祭司の席はリダくんのものになるってのは前から決まってて。
昨日までは若すぎると思われていた次期祭司が英雄になって帰ってきて、いずれネルガルさんの跡を継いで教王になるとなれば火星は安泰なのだそうだ。
マルテ教王の腕を大切に抱え、リダくんが火葬場の扉を勢いよく開いた。
アタシは、前にここに来たときの様子を思い出して、思わず身構えた。
だけど中にはマルテ教王の遺体も、薪として使うための遺体もなくて、床に灰が広がっているだけだった。
ネルガル祭司はアタシたちがニワトリの営巣地へ向かったって知らせを受けずに神殿に引きこもっちゃったもんだから、教王の火葬を先に済ませていたのだ。
急に一同が静まり返った。
腕だけ残っちゃったけどどうするんだろ?
「ネルガル祭司?」
リダくんが呼びかけるけど、この部屋にはいない。
火葬部屋から廊下をはさんで、儀式用の小部屋の扉をたたいてみても返事はない。
「ネルガル祭司! リダです! マルテ教王の腕を取り戻してきました!」
静寂。
アタシが何気なく扉に近づくと……
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
リストバンドから警報が響いた。
『毒ガスを感知! 毒ガスを感知!』
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
瞬間、前に来たときにチラリとだけ見た小部屋の様子が頭に浮かんだ。
祭壇があってロウソクがあって、窓はなかった。
アタシは火葬部屋から火かき棒をとってきて扉をぶったたいたけど、力が足りなくて手がしびれただけで、結局リダくんがアタシから火かき棒をむしり取って扉をぶち破った。
小部屋の中央でネルガル祭司が仰向けに倒れ、祭壇の燭台では溶けたロウの青、紫、赤紫が不気味に混じり合っていた。
扉を思い切りバタバタさせて、とにかく換気する。
ネルガル祭司は儀式にとっておきのロウソクを使うって言っていた。
このロウの色は、何を使ってつけているの?
素材に毒性は?
とっておきって言うからには、普段から使ってるものじゃないわけなのよね?
もしかして、作るだけ作って使うのはこれが初めてとか?
少なくとも密室で使うのは初めてだったんだろうな……
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