第7話 帰り道
丘を越えて、ここまで来れば一安心。
明かりは月ぐらいしかなく、鳥目のはずのニワトリが追ってくるような気配もない。
教王の腕はどこまで飛んでいったかわからないし、翻訳ピアスの回収も不可能。
勝ったのではなく、生き延びただけ。
でもまあ、フオシンくんが無事で良かったよ。
人間の集落への帰り道をトボトボと歩きながら、アタシは闇に浮かぶフオシンくんの横顔を眺めた。
勇敢だし。
守ってくれたし。
将来絶対にイケメンになりそうな顔しているし。
アタシはフオシンくんに向かって、その勇気こそが教王の腕なんかよりもずっと大事な戦利品だとかナンとか、それっぽいことを語りかけた。
もちろんアタシの言葉がフオシンくんに通じないのはわかっているし、フオシンくんはずっとうつむいたままだったけど、そうしないではいられなかった。
しばらくして、フオシンくんがポツリと口を開いた。
「せっかく天使さまが力を貸してくださったのに、ぼく、自分が情けないです」
かたっぽだけ残ったピアスが、フオシンくんの言葉だけをアタシに訳した。
「ナニ言ってるのよ! そもそもアタシは……」
アタシの言葉は訳されないまま虚しく風に散る。
何を言っても遠くのひよこの腹の中で響くだけ。
「……やさしいんですね、天使さま」
どうやら表情でアタシの言いたいことの方向性ぐらいは伝わっていたらしい。
「やさしい。やっぱり天使様だ」
納得したように一人でうなずく。
「何だか思ってたよりも弱くって、もしかして本当は天使じゃないのかもなんて疑ってしまってごめんなさい」
あー……やー……
「考えてみたら天使さまが強い必要なんてないんですよね。ぼくが強ければ良かったってだけなんだ。天使さまはやさしければそれでいい。死者を導くのに暴力なんて必要ないんだから」
聖書の天使には、悪魔と全面戦争できるぐらいの力はあるぞ。
ともあれ少し軽くなった足取りで、アタシはフオシンくんに意味が通じないのをいいことに、可愛いとか尊いとか面と向かって言えばドン引きされるようなことを言いまくったのであった。
「おーい! おおーい!」
不意に聞こえた声に振り返ると、アタシたちの斜め後ろ、ニワトリの営巣地とは微妙にズレた角度から、長身で細身のワイルド系のイケメンが、満面の笑顔で今にも駆け出したそうにしながらも一歩一歩の慎重な足取りで、こちらへ歩いてきていた。
「リダ兄! 無事だったんだ!」
フオシンくんが駆け寄る。
「神は我らの祈りに応えてくださった!」
青年があいさつ代わりに振り上げた手には、教王の腕が握られていた。
「ニワトリに見つからないように丘の反対側から回ろうとしたんだが、思ったよりも道が険しくてな」
包帯の巻かれた足を苦笑いで見下ろす。
集落がニワトリに襲われたときにやられたんだっけ。
その足でここまで来るとか、フオシンくんに負けず劣らず無茶な人だわ。
「前に進めず、天に祈りを捧げていたら、天から腕が降ってきたんだ!
リダくんはそれを
「フオシン、もう心配しなくていいぞ! 神は我々が鶏見櫓を放置した罪を許してくださった!」
罪。
そうか。それでリダさんもフオシンくんもこんなに頑張っていたのか。
でもってリダくんは一人残って鶏見櫓を守ってたのに“我々が放置した”とか言っちゃえる人なのか。
この子もイケるな。
ともあれこうしてアタシたちは意気揚々と集落へと帰った。
アタシの感覚ではどうしても不気味に思えてしまう戦利品を高々とかかげて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます