第3話 葬列

 祭司ネルガルに導かれ、パレードの神輿の上へ招かれて、入植初期に築かれたドームの上の部分が壊れた残りと思しきガラスの城壁の中へ運ばれる。

 中の様子は町というか村というか……集落?

 そんな感じの素朴さで。

 麦やら芋やらの畑の間に、赤茶色の石を積み上げた家々が並び。

 色をつければもっとカーニバルっぽくなるんだろうなって旗飾りが白くさわやかにたなびき、これまた純白の紙吹雪が舞っている。

 道に並ぶ人々に笑顔で手を振りながら、祭司はこれが、教王マルテのお葬式だとアタシに告げた。


「さぞ驚かれておいででしょう、ヨコミネ様。火星では、地球は神々の住まう天国と伝えられているのです。人の魂は地球から来て、地球へ帰っていく。もちろん教王マルテ様の魂も。故郷たる天国への帰還は祝うべきこと。ゆえに火星の葬儀は地球の一般的な葬式のような悲嘆の場ではないのです」


「ふーん?」

 火星生まれでも地球へ帰る、か。

 そーゆー宗教なのねー。

 魂なんてもんが実在するかについてはあえて訊かない。

 ロケットもなしで地球へ? とか突っ込むのは野暮ってもんよ。


「火星の最初の住民も、今の時代の子供たちも、すべて地球から魂だけでやってきたのです。肉体をロケットで運んだという認識は民にはありません」

 おおっと!

「ネルガル司祭、あなたはいったい……」

 どういう立ち位置の人なのか、と訊こうとしたとき……

「ロケットってなぁに?」

 ショタ臭い声がして振り向くと、神輿の下から顔を出して、ひたいの素朴な蔦飾りからして神官の下っ端らしき少年がキョトンとしていた。


「これ! フオシン!」

 ネルガル司祭が慌てて声を上げる。

 けど小坊主くんは怯まずに、アタシのほうへ身を乗り出す。

「ねえ天使さま、ぼくのパパとママは地球でどんな風に暮らしているの? 二人ともぼくに会いたがってる? ぼくのこと待ってる?」

「え……ええっと……あのね、地球は本当は……」

「フオシン! トリミヤグラはどうしました! 持ち場に戻りなさい!」

「リダ兄が行ってもいいって」

「私は許可しません! 弟弟子たちをリダ一人に見させるつもりですか!?」

「はーい」

 小坊主くんがトテトテと走り去る。


 こほん、と小さく咳払いをして、祭司さまは声を潜めた。

「ヨコミネ様、私に調子を合わせてくださいまし。地球の真実は、教王だけが読むことを許される特別な聖典に記されるのみ。私とて新教王就任の義を待ち切れずに盗み読みをしたのでなければ、貴女を本物の天使と信じて、先ほどのフオシンのように無邪気にはしゃぐか、さもなくば感激のあまり卒倒していたことでしょう」

 ため息をつく。

「地球は天国ではない。地球の神々は我々を見守ってはいない。聖典を読んでしまったときの衝撃たるや……」

 首を横に振る。

「聖典には、火星は地球に見捨てられたと記されていました。地球と連絡が途絶え、火星の人々は嘆き、悲しみ、やがて立ち直りました。

 そして、我々を見捨てた地球のことなどさっさと忘れよう、自分たちだけでやっていこうと仲間同士で誓いを立て、大人は子供に地球について教えることをやめました。しかし大人が隠したことにより、子供たちの妄想は豊かに膨らみ、何も知らぬまま世代を重ねて、地球はロマンチックな楽園に、地球人は優しい天使になっていった。

 聖典を記した初代教王の家庭では、誓いを破り、子供に真実を伝えていたそうです。すべてを知っていたからこそ初代教王は、もっともらしさと、リーダーにとっての都合良さと、信者にとっての耳障りの良さを併せ持った教義を作り上げることができたわけです」

 伏し目がちにアタシを見つめる。

「火星は火星で回っているのです。どうかこのことは内密に。できれば地球へお帰りになるまで天使のふりを続けてください」




 葬列は町外れの、これまた南米風の装飾がされた、形で言えば石窯っぽい社へ向かった。

 見送りの市民は社の周りの柵の前で足を止める。

 アタシとネルガル祭司を乗せた神輿は、そのまま建物の中へと運ばれる。

 なんてったって天使さまだし、途中で降りるわけにもいかない。


 葬列の先頭のおねーさんが持つたいまつが、十二畳ほどの室内を照らした。

 中央に寝台。

 ここに教王の遺体を寝かすのだろう。

 それはいい。

 床には、すっかり干からびた人間の遺体が、みっちり敷き詰められていた。


「うっ」

 思わず呻いた。

 いえ、落ち着け。

 落ち着いて、アタシ。

 脳内を、ロケットの中で読んだ教科書が駆け巡る。

 特定の人の遺体をスムーズに火葬するために、先に亡くなった人の遺体を薪として乾燥させてストックしておく。

 だって火星は燃料が乏しいから。

 これは火星の文化。

 火星の自然環境によってもたらされた文化。

 地球の感覚で軽々しく嫌悪してよいものではない。

 ここは火葬場。

 ただの火葬場。

 いくらビジュアル的にキツいからって、カルト宗教の邪悪な儀式なんかでは断じてない。


「こら! フオシン!」

 ネルガル祭司のいきなりの怒鳴り声に、アタシのほうがビクッとなってしまったわけだけど、もちろんアタシのせいでなく……

 祭司の視線の先では先ほどの小坊主くんが、さらに小さい子供たちを五人ほど引き連れて、戸口の陰からこちらを覗いていた。


 戸口に隠れて気まずそうにするフオシンくん。

 そのフオシンくんの背中に隠れて、ちびっこたちがわめく。


「ぼくたちもてんしさまにあいたいもーん!」

「きょーおーさまがちきゅうにかえるとこ、みたいもーん!」

「フオシンのパパとママがちきゅうにかえるとこ、みたいもーん!」

「トリミヤグラならリダがみてるからだいじょうぶだもーん!」

「いってもいいってリダがいったもーん!」


 !?


 この薪の中に、小坊主くんのご両親の遺体が……?

 だったら少しぐらい……とも思うけど、宗教系は複雑なようで……

「フオシン! 貴方はただの子供ではなく神官見習いなのですよ! 貴方の役割は、皆が安心して教王様を見送れるように……」

 祭司の言葉を遮るように……


  ゴグェエエエエエエエエ!!


 化け物めいた雄叫びが火葬場を包んだ。

 アタシは建物の中にいたわけだけど、最初の一声は遠くに感じた。

 人々の悲鳴と、逃げ惑う声。

 アタシは……飛び出すべきか、隠れてるべきか、考えてる間に二声目が響く。


  ゴゲエエエエゴオオオオオオ!!


 一瞬で火葬場のすぐ前まで迫った。

 フオシンがちびっこたちに覆い被さって伏せさせる。

 ソレはフオシンたちに目もくれなかった。

 子供たちを踏み潰さなかったのは単に、足の運びと位置が合わなかったから。

 わざわざ追ってまで潰そうとはしないけど、ジャマなら躊躇なく潰していただろう。

 ソレが、三度目の雄叫びを上げた。


  ゴッゲゴッゴオオオオオオオオオ!!


 並のゾウを超える巨体が、純白の翼を広げ、炎の如き真紅のトサカを振り上げる。

 それは……マンモスを思わすほどに巨大に成長した、一羽のニワトリだった。


 ニワトリ。

 だけどその名称に対して地球人が持つ牧歌的な風合いは微塵もない。

 鋭いツメと鋭いクチバシは、ただ大きいというだけでも十分な殺傷力がある。


 その怪物が、地元の人々が神聖視する火葬場に、宗教的リーダーの葬儀の日に襲撃を仕かけた。

 それがどれだけやばい事態か……

 アタシは神輿の隅っこに縮こまって時間が過ぎるのを待った。


 縮こまってたわけだから、神官たちが巨大ニワトリとどんな戦い方をしたのかは見てない。

 ただ、神官たちが武器らしい武器を持っていなかったのは間違いない。

 怒号より悲鳴が大きく響き、神輿が揺れて、振り落とされたアタシのとなりに棺の蓋がガタンと落ちる。

 恐る恐る顔を上げると、巨大ニワトリの足が棺の中身を鷲掴みにするのが見えた。


「やめろ!」

 フオシンが教王の遺体に飛びついた。

 驚いた弾みか、巨大ニワトリの指が開いて教王を落とす。

 槍を持った大人たちがようやく駆けつける。


 巨大ニワトリが……

 羽ばたいた。

 飛んだ。

 火葬場の外へ。

 数メートル飛んで、着地する。


 教王の遺体はフオシンがしっかりと押さえたまま、火葬場の床に横たわっている。

 だけど……


 巨大ニワトリが、振り返った。

 笑ったように見えた。

 目の錯覚だ。

 クチバシにくわえた棒状のものが弧に反って、笑った口の形に見えたのだ。

 教王の腕が一本だけ、引きちぎられ、巨大ニワトリのクチバシにくわえられていた。

 巨大ニワトリはそれをアタシたちに見せつけるようにしばし立ち止まったのち、大きく羽ばたき、ガラスの城壁を飛び越え……跳び越え、土煙を巻き上げて走り去った。

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