第2話 墜落地点
ロケットが火星に近づく。
ああ、憂鬱。
今までのは退屈で、ここからのは憂鬱。
アタシは自分がどう振る舞うべきか、頭の中でシミュレートした。
何せ地球は百年もの間、火星入植者をほったらかしにしてしまったわけなんだから、恨まれてるに決まってるんだもん。
まずアタシが親戚だって伝えて、火星まで来るのは大変だったってアピールして……
こういうときは恩着せがましくいっとくべきなわけよ。
マニュアルにもそう書いてあるもん。
まあ、火星入植者なんてとっくに全滅しちゃってる可能性が高いんだけどね。
そうなればさっきの教科書の話じゃないけれど、弔うもののいないミイラが火星の砂漠にゴロゴロしてることになるわけで、そっち系の覚悟はしておかないと。
どっちに転んでもユーウツだわ。
ロケットが火星の地表に接近する。
レーダーが何かをキャッチした。
『飛翔体接近!』
「何それ!?」
『人工物デス! ミサイルの可能性アリ!』
「迎撃して!」
『この安物のロケットに、そんな機能があるわけないデス!』
「言ってみただけよ! 回避回避回避!」
『無理デス!』
「自動回避装置は!?」
『スペースデブリ用デス! 今どきミサイル用なんて、よっぽど古い機体じゃないと積んでマセンヨ!』
衝撃と同時にロケットを鮮やかな光が包んだ。
赤、青、黄色、ピンク。
やけに賑やかで華やかな光……
『これは……花火デス!』
「へえ……」
言われてみると確かにキレイだわ。
ロケットの周囲で次々と炎の花が開く。
地球のお祭りで見上げる花火に比べると、デザインはシンプルだけど、なんてゆーか、迫力がある。
「さすがにこの距離だと大きく見えるわねー」
『実際、地球の一般的な打ち上げ花火よりもかなり大きいデス。その分、玉には質量があり、ゆえに玉をこの高度まで届かせるには大きなエネルギーが使われていマス』
「ほえ〜」
『その玉と衝突したのデスから、機体が受けたダメージも大きいデス』
「うん?」
『正直に言いマス。いろいろ壊れマシタ。墜落しマス』
「えええええー!?」
ひゅーん。
どかーーーん。
いえ、実際にはそこまで単純だったわけでなく、墜落の衝撃を少しでもやわらげるためにロボンヌがいろいろやってくれてたんだろうけど、生身の人間に過ぎないアタシにはこの一瞬の出来事はひゅーんどかーーーんとしか感じられなかった。
こんなのんきな物言いができるのは、怪我がなかったからなわけなんだけど。
うん、まあ、ジェットコースターぐらいの衝撃はあったわけなんだけど。
『通信装置、大破。地球ニ救難信号ヲ送ることガできマセン』
こころなしかロボンヌの声が、いつも以上にロボ的になってる。
『自動修復プログラム起動。修復中ハ、修復以外ノ作業ハ行えマセン。つまリ話スこトモ動くコトモできマセン。修復ガ完了シ次第、再起動シマス。
外ニ出るナラ翻訳ピアスをオ忘れナク。火星デ使ワレテイルのハ、少ナクトモぽろねきあ語デハナイデショウカラ。
でハ、オヤスミ、ナ、サ、イーーー』
「あ。うん。おやすみー……」
衝撃吸収装置から這い出す。
窓には花火の煤がベットリとこびりついていた。
花火。
てことは今日はお祭りかー。
いい日に来たって思っちゃっていいのかな?
火星の空気は人類が住み始めてすぐに地球と大差ないものに作り変えられて、いわゆるドームの中で暮らしていた時期みたいなものは十年もなかったって聞いている。
アタシは厚い扉を手動で開けた。
ロケットから一歩踏み出して、アタシはあらためてロケットの防音効果に驚かされた。
ロケットの周りが現地人にグルリと取り囲まれているのに、外に出るまで気づかなかった。
現地人――火星入植者の子孫たちは、アタシを見て驚きの声を上げた。
「おお」とか「わあ」とか、驚きかたは二百年離れていても地球の人間と変わっていなかった。
衣服は簡素で大きな白い羽で飾られて、何だか古代文明っぽい。
南米辺りの。
よく知らないけど。
砂埃の舞う火星の大地。
なのに布の白さが際立って、今日のお祭りのための特別な衣装なのかなという感じ。
そのお祭り、アタシ、もしかしてジャマしちゃった?
いやー、悪気はなかったんだけどなーっ。
ひときわ大きな羽飾りをつけた中年男性、たぶん一番偉い人が、杖を振り上げて叫んだ。
「今日の良き日に天使様が舞い降りられた!」
天使?
アタシのこと?
アタシが天使?
マジでそう思ってるっぽい?
そこまで衰退しとったんかい火星文明!
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