第4話 火葬場
負傷者多数。死者はナシ。
だけどそれで喜んでるのはアタシだけ。
で、脅威が去ったあともなお、アタシは物陰に身を隠し、火葬場からこっそりと逃げ出すチャンスをうかがっていた。
だってみんな、天使ってことになってるアタシにニワトリ退治を期待しているんだもん。
敬愛する教王さまの体の一部を奪われて、火星の人々は深い悲しみに暮れて。
中でもひどく泣きじゃくっているのは小坊主たちだ。
理由は三つ。
子供だから。
神官見習いとして教王さまとは同じ神殿で暮らす間柄だったから。
そもそも巨大ニワトリの接近に気づけなかったのは、小坊主たちが
あ。四つ目もある。
天使がいつの間にかいなくなったから。
見捨てられたって思ってるっぽい。
いや、だから、そもそも天使じゃないしっ。
こないだまで引きこもりだったのに、僧兵が負けてる相手に勝てるわけ無いでしょっ。
「リダは怪我はしましたが命に別条はないとのことです」
「一人でいたので不意を突かれたのでしょう」
大人たちの声が聞こえる。
「みんなは悪くないよ。僕のせいだ」
小坊主の中では最年長のフオシンは、みんなの前では泣くまいと頑張って、だけど声は震えていた。
「そうですね。弟弟子たちは悪くありません。持ち場を離れてもよいと言ったのはリダなのでしょう?」
ネルガル祭司が静かに言う。
「リダも悪くありません。もちろんフオシン、貴方もね。
皆が天使に逢いたがる気持ち、それに応えようとするリダのやさしさを、予測できなかった私の落ち度です」
それを言うなら予測しようのない形でいきなり現れたニセ天使が悪いってことになりそうなんだけど。
「大丈夫。今から私が特別な儀式を行います」
民がざわめく。
そんな儀式なんて聞いたことがない、と。
「教王と祭司のみが知ることを許される、本当に特別な秘密の儀式です。皆さんは外に出ていてください」
そうしてネルゲル祭司は人々を火葬場から追い出した。
扉が閉じて、二人きり。
辺りはシンと静まり返る。
「ヨコミネ様、もう出てきても大丈夫ですよ」
「特別な儀式って?」
「さて、どんな風にしましょう。急いででっち上げなければ」
「ええっ!?」
「民を安心させるには、なるべく大げさにやったほうがいいでしょうね。そうだ! とっておきのロウソクを使ってしまいましょう! 私が皆を引きつけておきますので、その隙にヨコミネ様は裏口へどうぞ」
「あ……うん……お願いします」
気の抜けた空気が流れて、この火星でネルガル祭司一人だけがアタシが天使ではなくただの人間だと知っているんだなーと、改めて感じた。
さっさと地球に帰ろう。
火星入植者の様子は見られた。
独自の文化を築き、元気に暮らしてる。
巨大ニワトリの問題はあるけど、櫓で見張ってれば対処可能。
アタシは裏口のほうへ数歩進んで、ピタッと立ち止まった。
もしロケットまでの道のりで巨大ニワトリに出くわしたら?
「あのニワトリって、人間を食べるの?」
「いえいえ、まさかまさか」
ネルガル祭司が慌てて手をぱたぱたと振る。
たしかに。食べるのが目的なら、もっと簡単に襲える場所にいた、新鮮でおいしそうな小坊主たちを狙うはずだわ。
「ニワトリは人間に、自分の力を見せつけているのです。あるいは人類への復讐なのかもしれません。いわゆる先祖の恨みというやつですね」
祭司は天を……煤を掃除した跡の残る火葬場の天井を仰いで手を合わせた。
「ニワトリだけではありません。
地球にいたころは従順だったはずの家畜たちは、火星の大地に足をつけた途端、人間に歯向かいだしたのです。
まるで家畜たちが長い歴史の中で人類に従い続けていたのは、あのものらを新天地へ運ぶ乗り物として人類を利用するために過ぎなかったとでも言うかのように。
家畜との戦争のさなかに地球との通信装置が壊され、修理できる技術者も失われました」
「だから百年近く音信不通に?」
「はい。その後、激しい戦いの末に多くの犠牲を出しつつも牛と豚は全滅させることができましたが、ニワトリは増えてしまいました」
入り口とは別の扉を出て、廊下をはさんで右に祭壇のある小部屋、左に裏口。
外に出てすぐに、小坊主たちの話し声がして、立ち聞きはイヤだけど聞こえてしまった。
「やっぱり、ぼくたちのせいで……」
「ネルガルさま、すごくしんこくそうだった……いつもはあんななのに……」
あんなって、どんななのだろう。
「きっと、ぼくたちがおもってるより、ずっと、たいへん……」
いやいやいやいや。
ネルガル祭司、お芝居、大げさ過ぎましたよー。
大げさにやればいいってもんではなかったみたいですよー。
ひそひそ話はまだ続く。
アタシは小坊主たちの責任感の強さに感心するのと同時に、ネルガル祭司の力? 霊力? みたいなものってあんまり信用されてないのかなーとも感じてしまった。
いや、アタシみたいにハナからンなもんあるわけねーって思ってるのと違って、そーゆーのを信じる前提で成り立ってる社会なわけだからさ。
……ひそひそ話、終わらないなー。
終わるまでただ待ってるのもしんどいし、いっそ堂々と出ていって、天使さまモードで「心配いらぬぞえ」とか言ってやるのもアリかもなー。
とか思っていると……
「たいへん! たいへんー!」
小坊主がもう一人、駆けてきた。
「リダが! マルテさまのうでをとりもどすって! リダが一人でニワトリたいじにいっちゃったよー!!」
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