第60話 私が殺す
煙の中に1つの空間がある。ただひとつの不思議な空間。何故そこにあるのかが分からないような空間。
その空間は煙の中を動き回っているようだ。時には右に、時には左に、それまた時には止まったままに……。
当たり前だが煙の中に物を置いていると、煙はその物を避けるようになる。物の中にまで煙が進むことは無い。体が煙そのものなんだったら話は別なんだがな。
ホープがいなくなっていた理由は、ホープが透明になっていたからだったんだ。おそらく、あの光を出した時に透明化したんだろう。なかなか姑息な手を使うようになったもんだ。
通常なら大問題で俺がやばいやばいと思っていただろうが、居場所が分かれば別に怖いものでもない。
矢を発射する。矢は煙に当たることなく的確にホープの頭を撃ち抜いた。
避けるかと思っていたが、自分の居場所が俺にバレているとは思ってなかったんだろう。自分の能力に過信しすぎた馬鹿だな。
ホープの赤い血が辺りに飛び散った。血の色は別に普通だな。てっきりカブトガニみたいに青いのかと思ったんだがな。
ホープの姿が現れた。同時に辺りに撒かれてあった煙も姿を消した。
階段を飛び降りて、ホープの前に立つ。弓に弦をつがえ、肩を鳴らした。
結構怯んだように見えたのだが、ホープはすぐに体勢を建て直した。そして、唸り声をあげながら中指の爪をたてて俺に襲いかかってきた。
「まったく……もっとおしとやかに戦えないのかお前は。強者の名が靴履いて逃げちまうぞ」
ホープが左手の刃を俺に叩きつけてきた。体を右にずらして避ける。
間髪入れずに右手に刃を俺に叩きつけてきた。体を低くして、しゃがむように避ける。
そのまま流れるように、俺に左手の刃を叩きつけてきた。横に転がって、紙一重で避ける。
そして、トドメと言わんばかりに右手の刃を俺の首目掛けて、横薙ぎで切り払ってきた。俺は手足に力を集中させて、空中へと逃げた。
刃は俺が跳ぶ前にいた所を切りつけながら左側へと旅立っていった。4つ目の空を切る音が辺りに響いた。
「がァっっ……こざかしい!!」
ホープが俺の腹に向かって、大ぶりの蹴りを入れてきた。前転をして蹴りを避け、そのままホープの股の下をくぐり抜けた。
一瞬で体を立て直し、無防備なホープの後頭部にめがけて矢を放った。矢はホープの後頭部を通り抜け、奥の壁へと突き進んで行った。
ホープが俺の方に向いた。その顔には血管が浮かんでおり、相当怒っているのがうかがえる。福笑いにしたら売れそうだ。
「――ァァァ!!!」
立っている俺の首に目掛けて、右手の刃でまた横薙ぎを放ってきた。見た目は進化したようだが、頭は退化してしまったようだ。
ホープの膝を土台代わりにして空中へ跳び上がる。放ってきた右腕に手をおいて全体重を片手で支える。空中でなおかつ勢いもあるので別に対してきつくはない。
そして跳び上がった時の勢いをそのままにして、ホープの顔面に右足のハイキックを叩き込んだ。
かなり硬い皮膚をしていたが、それもハーデストと比べたら豆腐のようなものだ。感触はちょっと硬いサンドバッグ程度にしか感じない。
そのまま地面に着地する。決まった。今のを桃が見てたなら、さらに俺の事を惚れなおしてただろうな。……なんか虚しくなってきた。
「ググク……ァァァァ!!」
ホープが横薙ぎでまた俺の首を切りつけようと、刃を振ってきた。バックステップで刃から避ける。刃の攻撃範囲はそこまで大きいものではない。少し後ろに下がれば避けられないものでもない。
素早く弦に矢をつがえ、構えた。手を広げて無防備なホープの頭に矢を撃ち込んだ。
「ヌゥゥゥッッ……がァっ――」
ホープが大きく口を開けた。口の中から眩い光が飛び出てくる。
「同じ手に何度もかかるとでも思ったか?」
弦に矢をつがえ、ホープの口の中に矢を撃ち込んだ。口の中で発生していた閃光は黒い矢によってかき消され、ホープの口の中に戻って行った。
「ガガガ……ガ――」
「そろそろしつこいぞ」
矢を放った。ホープの右胸が撃ち抜かれる。ホープが少し怯んだ。少しずつ、俺は前進しだした。
もう一度連続で矢を放つ。ホープの腹部を貫通した。また怯んだ。
畳み掛けるように矢を放つ。膝を貫通した。ホープが地面に膝をつく。
更に矢を放つ。今度は頭を撃ち抜いた。ホープが少し後ろに仰け反った。
「がギャ――」
ホープが俺に左手の刃を突き立ててくる。左にズレて避けた。
矢を握りしめて、ホープの首元に突き指した。血が吹き出た。
ホープの顎を膝蹴りした。口の中にあった白い牙に、縦一本のヒビが入る。
もう1発。またもう1発。ダメ押しもう1発……。隙を与える暇もなく膝蹴りを繰り返した。
ホープの白い牙が音をたてて砕け散った。白い歯は血だらけで真っ赤に染まる。
「グルルル……」
頭を両手で押さえる。今度は顔面に膝蹴りを入れた。ねっとりとした血が俺の膝にベッタリとついた。
もう1発。もう1発。まだもう1発……。顎にした時と同じように何発も膝蹴りを入れた。膝は鬼のように赤く染まっている。
「――ァァァ!!」
俺は頭を離し、ホープの顔面に右手のストレートをぶちかました。
ホープの体が後ろに音をたてて倒れた。白目で顔面の原型はなくなっている。血も吹き出ていた。
地面に膝をつく。疲れた。肩で息をする。これでようやく終わりか。まだ分からないがとりあえず気絶はしているはずだ。あとは逃げるだけ。
少し遠くで爆発音が聞こえた。少し地面が振動する。もうそろそろでここも崩壊しそうだ。さっさと出ないと。
「……桃は……ここから出てるかな」
桃が死んでなかったらいいんだがな……。あのチビがついているから問題は無いと思うがやっぱり心配だ。
階段に足を置く。またここを登るのかと思うと憂鬱になる。しかも今度は前よりも多い段数をだ。桃を持っていないとはいえきつい。
だが行かないという手は残念ながらない。仕方ない。登るしかないんだ。
「はぁ~。行くか」
体を押し上げて階段を登る。
「――どこへ行く?」
「……え?」
横から声が聞こえた。ホープのいた所に目をやる。
「貴様だけは殺してやる……私はそう言ったはずだ」
ホープが立ち上がっている。その姿はまるで金剛力士像みたいな堂々とした感じだった。
「……嘘だろ。まだやんのかよ……」
ホープの肩甲骨の辺りが爆発した。辺りに血と肉が飛び散った。
同じように尾てい骨の辺りも爆発する。階段の近くに骨が転がってきた。
中指の刃はさっきの倍以上大きくなった。その大きさは、俺の身長よりも大きい。
体格も段々と大きくなっていく。さっきは3mくらいだったのが5m近くにまで大きくなった。
「もうそろそろ死んだ方が楽だぞ。……これ以上戦ったって意味が無い」
「貴様の意見は聞いていない!私は……ワタシは……」
ホープの背中からウニョウニョとピンクの肉が飛び出てきた。尾てい骨の辺りからも同じようなものが出てくる。
粘土みたいな粘り気を持つその肉は段々と形づいていき、固まっていった。
背中の部分は鳥の翼のようなものになった。まるで天使の羽のような形ではあるが、色のせいで気持ち悪く見える。
尾てい骨の辺りは4つに別れた尻尾になった。尻尾は根元の部分は細いが、そこから先端に至るまでに段々と太くなっている。
極めつけは、その尻尾の先端はまさに龍の頭みたいな形となっている。ギラギラとした目に長い舌、長く伸びた2本の髭と伝承に残っているような、アニメでしか見たことのない龍の形となっていた。
「貴様を殺す!!」
ホープが耳の張り裂けそうなほどの大声で叫んだ。
4匹の龍が静かにこちらを睨みつけてくる。ただでさえ1匹でも威圧感があるであろう龍が4匹こちらを見つめてきているのだ。とても怖い。
「……やるしかないのか……」
弓に矢をつがえる。安心しろ。俺は化け物を何匹も殺してきた男だ。この程度なら苦戦せずに殺すことができるはず。
息を大きく吐く。俺は覚悟を決めた。
続く
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