第47話 吊り橋効果

向かいまでの距離は約200m。溶岩からの高さは約90mくらい。さっきは100m位の高さを飛んでいるんだ。気づかれれば食われてしまう。


クジラの目は下方向に向いている。だから下方向には広い視野を持つ。しかし眼球を動かせないため、上を見るためには体を上に持ち上げる必要があるのだ。


このクジラはおそらくエコーロケーションで俺らの位置を見つけたのだ。あの糞爺と同じだ。超音波を出して、その反響音で獲物の位置を特定する。


ただし、前に障害物がある場合はその奥の物を感知することはできない。ならば――。


「桃!!」


手を振りながら大声で叫んだ。桃が外に出てくる。


「大丈夫なの!?」

「大丈夫だ!それよりもこっちに来てくれるか!?」

「分かった!」

「こっちに来る時は下に何か引いて歩いてきな!」

「……何かって何!?」

「厚めの毛布とかそんなの!」

「……ちょっと探してみる!」


桃が部屋に入っていった。下を見てみる。クジラはまだ溶岩の中に潜っている。進むなら今のうちだ。



しばらくして、桃が出てきた。遠いのでよく見えないが何か白い研究員の服みたいなのを2枚持っている。


「これでいい!?」

「いーよ!!それを2枚交互に敷いていけ!」

「おけまる~!」


桃が地面に服を1枚敷いた。心臓が鳴り始めた。正直クジラのことは習ってないのでこんなんでエコーロケーションを防げるのかは心配だ。


桃が1歩踏み出した。ここからじゃ音は聞こえないが、ギシギシと音が鳴っているのは分かる。ここだけ何故かボロいもんな。


桃が遠くからでも分かるくらいに震えている。そりゃ怖いな。


「大丈夫だ!!深呼吸しながら進め!!いざって時はそっちに行ってやる!」

「……うん!」


桃が深呼吸をしている。クジラはまだ出てきていない。どうかこのままずっと沈んでてくれたらいいが……。



桃が1歩1歩ゆっくりと歩みを進める。1歩進む度に心臓の音が大きくなっている気がする。


下を見る。溶岩が波打っている。まずいな。ここから桃まではまだ150mくらいある。……できるか分からないがやらせるしかない……か……。


「桃!」

「んうぇ!?」

「持っている服で全身を覆え!顔も体も出ないようにしろ!その状態で俺が合図するまで動くな!」

「分かった!」


桃が白い服を頭から被った。動きさえしなかったら気が付かれないはずだ。それで桃が死んだら、あのクジラを殺して俺も死ぬ。




……クジラは出てこない。30秒はたった。波もない。とりあえずはやり過ごすことが出来たようだ。


「大丈夫だ!歩いてきて!」

「うん!」


桃がシーツを脱いだ。まだここで安心することは出来ない。アイツがどこで出てくるか分からないんだ。慎重に進めないと。




……残り40m。既に桃の体が結構はっきり見えるような近さだ。いける。これならいける。あのバカクジラめ。変に怖がらされたじゃないか。



残り30m。あとちょっとだ。桃が地面を踏む音まで聞こえてきた。


残り20m。桃が1歩を踏み出した。その瞬間だった。













バチン!!


大きな音が出た。どこから出たのかはすぐに分かった。桃の数十メートル後ろ。そこのネジが取れたのだ。


別に取れただけならいい。だが問題として、そのネジは下に落ちるというところだ。あとそのネジは結構大きい。コレの意味することは何か。



桃と俺の目が合う。少しの間、静寂の時間が訪れた。ほんの少しだけだ。時間にすると1秒くらい。しかし、この状況では1秒は命とりとなる。


「……走れ!!!」


俺が叫ぶと同時に桃が走ってきた。桃も本能でヤバいことが分かったんだろう。弓をその場に置いた。橋に足を置いて、できるだけ手を伸ばす。



「キュュュイィィィイィンンン!!!!」


クジラが溶岩から飛び出てきた。大きな口を開けて、ネジが落ちた所を喰らおうとしている。

――桃との距離は約10m。


クジラの咀嚼と共に、橋が真っ二つに割れた。地面が重力に従って落ちていく。

――桃との距離は約5m。


桃の体が下に下にと落ちていく。後ちょっとだ。手を伸ばせば届く。俺は手すりを握りしめながら桃の方に手を伸ばした。

――桃との距離は残り1m。













手が届いた。桃の白い手を握りしめる。それと同時に橋は壊れ落ちた。下の溶岩に鉄の橋が音を立てて落ちていく。クジラも橋と同じように溶岩へとダイブしていった。



桃を引き上げる。結構軽かった。地面に腰を降ろす。桃は息が途切れ途切れになって、肩を上下に揺らして呼吸している。


「ハァハァ……これで……死んでたら……怨霊になって……出てきてたからね」

「……ごめん」


桃に無茶させちゃったな。今後はこういうことは控えさせないと。


「で?どうしたの?」

「あぁ。ここは研究室みたいでね。俺じゃ分からないからちょっと見てって欲しくて」

「……私をなんだと思ってるの。私別に研究者になるわけじゃないけど」

「医者だろ?ならウイルスとか人体のこととかは俺より詳しいはずだよ」

「……まぁ見てみるだけ見てみるよ」


2人同時に立ち上がった。ここなら何かが分かるかもしれない。俺は桃と共に研究室に入っていった。













続く

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