第16話 最悪の狼煙

拳を構える。これで終わらせる。ここで寿命を尽きさせてやる。波紋の感覚がだんだんと狭くなってくる。息を大きく吸う。


爺と俺の左ストレートが同時に顔面に決まった。辺りに血が飛び散った。


すかさず体を捻って右フックを顔面に放つ。しかし爺の右ジャブの方が速かった。顔面に当てられて怯んでしまった。


その隙にボディブローを入れられる。息が一瞬止まった。さらに左フックを入れられる。そして超パワーの右ストレートが顔面に入った。


しかしここまで様々な痛みに耐えてきたのだ。ただの顔面パンチなど効かない。足に力を入れて持ちこたえる。


攻撃の反動をつけて今度はこちらが右ストレートを放つ。少し怯んだ様子。一瞬で足を組み替えて左ストレートを放つ。鼻血が大量に流れ出ている。


爺が少し後ろに後ずさりした。口から血が大量に混じった唾を吐いてこちらにまた向かってくる。


右フックが顔面に飛んできた。横の壁に俺の血が飛び散る。お返しとばかりに俺の右フックが爺の顔面を捕らえる。爺の血が下の水に降り注ぐ。


右アッパー

左ストレート

左フック

左ボディ

右ジャブ……


交互に全力の攻撃をぶつけ合う。アドレナリンが大量に出ているおかげで痛みを感じない。


互いの体力が無くなるまでの命の削り合い。自分の全てを全力でぶつける。何度も拳を叩きつける。何度も拳を叩きつけられる。骨が折れようとも。体が悲鳴をあげようとも。目の前の爺を倒すまでは倒れない。




体を思い切り捻る。この攻撃がおそらく限界。残っている全ての力を右拳に集める。爺も限界のようで、俺と同じ構えをしている。ここで終わり。これで終わり。最後の攻撃。


溜めた全ての力を爺の顔面に向かって放出する。爺も同時に攻撃してきた。互いの拳が顔面の前までくる。しかしここで攻撃を喰らうほどお人好しではない――。


顔をずらして攻撃を避ける。威力と速度はそのままに爺の顔面に拳を叩き込んだ。そしてそのまま顔面に拳をつけたまま地面に向かって思い切り叩きつけた。辺りに水しぶきと血が飛び散った――。































折れている鼻を元に戻して立ち上がる。爺は水面に浮きながら動かなくなっている。ようやく終わったようだ。フラフラと足取りがおぼつかないが部屋を後にする。


身体中が痛い。ずっと殴りあっていたせいかまだ体に熱を帯びている。まだ動けばするが思考がぼやけてきている。早く手当をしないとな。


フラフラと歩いていき、定時制の校舎の屋根に置いてある鞄を拾う。そのまま階段を登って捨てられていた銃を拾う。確認するがどこも壊れてはいない。よかった。これで全部回収した。


どうせならこのまま食料とかを回収して行こう。今はあれを忘れられている。


手すりにもたれ掛かりながら階段をゆっくりと降りる。ちょっと疲れすぎた。早く治療して寝たい。体をふらつかせながら3階に降り立った。









「……楓夜………逃げろ…」


どこからか金地の声が聞こえた。どうかしたのだろうか。あの女が暴れでもしたのだろうか。


「ん?金地か?どこにいる?」


辺りを見渡す。声はこの3階にいるようだ。教室側の廊下を見てみる。さっきの爺と戦った場所の逆の所だ。


まだ暗い廊下の先。そこに這いずりながらこちらにきている金地の姿が見えた。その体はボロボロで両足がなく身体中が血だらけだった。


「金地!?何があった!?」


金地に近づこうとした時、金地が叫んできた。


「こっちに近寄るんじゃねぇ!!逃げろ!!やつが来――」


その瞬間何者かが一瞬で現れて金地の頭を踏み潰した。パチュという音が廊下に響き渡る。なんなんだアイツ。さっきの爺じゃない。


「金地!!」


そう叫ぶがもう遅かった。謎の男がこちらを向いてきた。


「……てめぇ誰だ」


男はゆっくりとこちらに近づいてくる。

咄嗟に銃を構えて引き金を引く。銃弾は男に当たったはずだ。しかし怯みすらしない。


ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。レバーを引いて、もう一度撃つ。全く怯まない。残っている2発も撃つが効いていない。


後ずさりしてしまう。今まで戦ってきた化け物とは何かが違う。本能でそう感じとった。逃げようと横を向いた。



その瞬間何かに首を掴まれた。目の前を見てみると、白いスーツを着た白人の男が立っていた。首を持つ力が強くなる。


「まだ生き残りがいたとはな。なかなかに強者らしいな」


何かを話している。苦しい。息ができない。銃で撃とうにも今は弾切れでリロードしなければならない。


顔面に蹴りを入れるが逆にこちらの足がダメージを受けた。男は首を持ったまま自分の方に近づけていく。なんだか嫌な予感がした。


男は俺を思い切り投げ飛ばした。嫌な予感が的中してしまった。階段側のガラスを突き破って空中に放り出される。


ここは3階。しかも下はコンクリート。やばい。どんどんと下に落下していく。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。体を捻って何とかしようとするが捻ってどうにかなるようなことではない。背中から落ちたら死。頭から落ちたら死。足から落ちたら死にはしないが足が折れる。そしたらあの男が追いかけてきて殺されるかもしれない。何とか頭を回転させて生存方法を模索する。地面が近づいてくる。だんだんと速度が速くなっていく。頭が真っ白になっていく。地面が目の前まで来た―――。

























目を開く。腕で頭を覆って即死は防ぐことができた。体を横向きにして体を丸めた。できるだけダメージを抑えるためだ。腕がかなり痛い。ズキズキと痛む。


血がダラダラと出ているが、折れてはいないのが不幸中の幸いだろうか。痛みに耐えながら立ち上がる。体がふらつく。頭が回らない。呼吸はかろうじてできる。内蔵には異常がないようだ。


銃はずっと抱えていたので傷1つなかった。よかった。しかしなんなんだあいつは。とてつもないパワーでぶん投げてきやがった。


人間じゃない。しかし普通に話はしていた。あのチェーンソーゴリラと桃は話が出来なかったのだが。


もしかしたら今までとは違うタイプの化け物なのかもしれない。とにかく今は逃げよう。さっきまで爺と殴りあっていたのだ。連戦はさすがに体力が持たない。フラフラとしながら体育館に向かう。


上から何かが降ってきた。コンクリートが割れる音がした。音の方向に目をやる。さっきの男がそこには立っていた。3階から落ちたというのに怪我をしている様子もなかった。男がこちらを向いた。


「なかなかしぶといガキだな。3階から落ちたというのにその程度の怪我とは」

「そういうお前は3階から落ちたのに無傷だな」


男がハッハッハと笑う。


「喋れる余裕もあるとはな。面白い。お前は私が追いかけていた強者なのかもしれん」

「なんだ強者って。厨二病か?」

「まぁまだ確定したわけではないからな。力試しだ。かかってこい」

「元々こんなことをしている暇はないんだよ」

「それはあそこの中にいる親子の所に行かなくてはならない、ということか?」


知っていたのか。何者なんだこいつは。とにかく戦いはまずい。さっきのパワーを考えると今の体力では戦えない。









「残念だったな。もう既に中の親子は殺しておいた」


………嘘だろ。こいつは今なんて言った。あの親子?つまり透くんも殺したのか。


「いやぁ、滑稽だったよ。中にいたガキ、なんと弾が入ってない銃をこっちに向けてきたんだぜ?笑えるよなぁ」

「……てめぇ……」

「ほぅ?やる気になったか……ならばさっさと始めよう」


こいつ。こいつは殺してやる。日向ちゃんの分も生きてもらわなくてはいけなかったのに。あの女はともかく透くんまで殺すとは。


人の心はないようだ。ならば化け物確定だ。殺してやる。あの子に思い入れはないがこちらにも同情という感情はあるんだ。こんなクソ野郎殺してやる。







「それじゃあ始めようか。くだらない英雄ヒーローごっこもこれまでだ」










続く

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