第15話 拳
左側に階段がある。現在は3階。あの糞爺は多分4階にいる。どうするか。あいつはどうやって俺を感知しているのだろう。
視力がないということは聴覚や嗅覚だろうか。対策を考えないとやられっぱなしになる。
突然、どこかからカチッと音が鳴った。
どこか分からない。階段の方を見る。コツコツと階段を降りてくる音が聞こえた。来ている。こちらに来ている。
糞爺は銃を持っている。有利だった状況が一気に絶望的状況まで追い込まれた。
あの糞爺の銃の腕前はかなりやばい。視力がないはずなのに正確に俺に当ててくるだろう。ただでさえ不利な状況だ。銃を手放させなければならない。
とりあえず壁に隠れた。ゆっくりと階段を降りてくる。やつがどうやって索敵しているかは分からないが一気に不意打ちで銃を奪い取る。
できるか分からないがやるしかない。そうじゃないとこちらに勝機が無さすぎる。
息を止めてこちらに来るのを待つ。ゆっくりとゆっくりとこちらに来る。銃を構えて歩いてくる。横目で顔を観察してみた。
口を開けて何かを鳴らしている。暗くてよく見えない。何か機械でも入れているのかもしれない。真横まで来た。こちらにまだ気がついていない。
一気に銃を奪い取ろうと銃の持ち手とシリンダーを掴む。銃を引き剥がそうと手を無理矢理取ろうとするが全く離れない。
銃が発砲される。銃口がこちらに向いていて危なかったが、ギリギリ避けれた。凄まじい力でリボルバーを持っている。
引き剥がそうと頭を後ろに下げて反動をつけながら爺の頭に頭突きをした。しかし怯まない。なんなら硬すぎてこちらにダメージが来た。
また発砲された。今度は完全に直撃して、左肩を銃弾が貫通した。だがこの程度の痛みにはもう慣れた。銃を掴んだまま離さない。
こいつから銃を引き剥がせばこちらにある程度勝機が出てくる。銃を掴んだまま爺の腹を思い切り蹴り飛ばす。
それでも離さない。とゆうかこいつ硬すぎる。一瞬片手が離された。頭の中でチャンスという言葉が出てくる。
だがそれも束の間。離した片手で頭を思い切り掴まれた。超人的な握力で頭を握り潰そうとしてくる。
痛い。頭蓋骨が粉砕されそうだ。銃から手をのけて掴んでいる手に両手を使って離させようとする。
全く離れない。もう一度腹を蹴って何とかしようともがく。頭から血が垂れてきた。やばい。体全体を使って捻り腕から逃げようとするが出来ない。
やばい、やばい。何度も蹴るが全く離れない。やばい、やばい、やばい。頭の中からピキピキという効果音が響いてくる。やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい。
頭の中がだんだんと白くなってきた。目が見えなくなってきた。耳が聞こえなくなってきた。このままこいつに殺されてしまうのだろうか。
ダメだ。まだ死ぬ訳にはいかない。殺される訳にはいかない。桃の復讐をはたさなくてはならない。
しかしどう足掻いてもこの状況を変えられる術が思いつかない。だんだんと考えられなくなってくる。頭がボーッとしてくる。
両手から力が抜けて下に落ちる。やがて両手だけでなく体からも力が抜けた。だんだんと視界が黒に染まっていく。もう何も考えられなくなってきて――――。
瞬間、体に激痛が走った。頭が一気に冴える。爺は完全に俺を殺したかったのか余っていた弾数全てを俺の腹や胸に撃ち込んだ。
運のいいことに心臓に弾丸は通らなかった。痛みのおかげで頭が戻ってきた。爺の股間を思い切り蹴り飛ばす。
爺は怯み、ようやく手が離れる。足の力が抜けていたので、地面に倒れてしまう。
体の損傷を確認する。腹部に3発。左胸の下部に1発銃弾が貫通していた。臓器がどうなっているのかが心配だが体が動くので問題はない。
頭もまだかなり痛いが動けないレベルではない。どうやら痛みが落ち着いたようでこちらの方向に顔を向けてくる。
銃口を向けて引き金を引いてくるが弾切れなことに気がついていない。その隙に顔面の中心に向かって全体重を乗せて思い切り肘打ちを叩き込んだ。
さすがに大ダメージのようでフラフラしながら後ろの方の壁に背中をつけた。鼻がへし折れて血が吹き出ている。
「さっきのお返しだ糞爺」
中指を立てて目の見えない爺を煽る。ようやくまともな攻撃を与えることができた。爺が折れた鼻を真っ直ぐにして鼻血を思い切り出した。
俺と同じやり方だ。爺は銃をその場に捨てて立ち上がった。完全に素手で俺とやる気のようだ。
流れ出る血を腕で拭き取って構える。爺はカチッと口で音を鳴らしてこちらに歩いてきた。
俺から見て半径1mに入った瞬間、俺の右の拳を爺の顔面にフック気味に入れた。それと同時に爺がアッパー気味の左拳を俺のボディに入れる。互いの血が辺りに飛び散った。
体勢をすぐに戻して、すかさず左の拳をストレートで顔面に放った。左のストレートをギリギリで躱され、腹の方に突進される。
近距離なのであまり威力は出なかったはずなのだが、まるでバイクに跳ねられたかのように思えた。2m程後ろに吹き飛ぶ。
かなり痛いが怯んでいる暇はない。急いで起き上がり次の攻撃に備える。爺はまたカチッと音を鳴らしてこちらに向かってくる。
この音。ずっと違和感があったが、この糞爺がこちらを認識できている理由がようやく分かった。
エコーロケーション。日本語で
この爺はそれの人間バージョンと言った方がいいな。舌のクリック音で周りの物体の形や大きさなどを特定しているのだ。
つまり目が見えているのとさほど変わらないということ。こちらの攻撃を避けられるのは長年の勘か、空気の流れでもよんでいるのだろう。
戦争の時に怪我をしたということは軍にいたということだろう。もし軍にいた事が本当なら単純な近接戦闘で俺に勝ち目はない。
息を吐く。ジリジリと後ろに下がる。爺はこちらに歩いてくる。
爺の右ストレートが顔面に飛んできた。ここまで戦えば多少は目が慣れる。右ストレートを躱してアッパー気味にボディを撃ち込んだ。
硬い。腹筋が鍛え上げられているようだ。爺はダメージを受けた様子もなくすぐに拳を引き戻して左フックを顔面に放った。
かろうじて避ける。チャンスだ。体勢を低くして拳に力を込める。体を思い切り引き伸ばすと同時に拳を顎に向けて思い切り引き上げた。
しかしこれも避けられる。爺が腕を後ろにして力を溜めている。そしてその力を俺のみぞおちに向かって放ってきた。体を捻って攻撃を避ける。
爺の横に着地した。今度こそチャンスだ。右拳に力を込める。地面に足をつけた状態で体を捻る。爺は既にこちらを向いている。もう遅い。
渾身の右ストレートを爺の顔面に向かって放った。爺は顔をずらして攻撃を避ける。そして俺が放った右腕を両手で握ってきた。
体を回転させて肩を思い切り引き抜かれる。一本背負いだ。足が空中に浮いて、一回転しながら前にあった扉をぶち破り地面に叩きつけられた。
背中に激痛が走る。一瞬だが息がとまった。体を転がして爺との距離を離す。
ここは確かマリンリサーチ部の部屋だ。海洋生物の飼育や観察をしている所でたまに授業でもここを使うことがある。うなぎやウーパールーパー、ナマズなどが見られる。
カチッと音がなる。またこちらを探知し始めた。ゆっくりとこちらに向かってくる。ふと横を見てみた。
ゴミ箱が2つ並んでいた。銀色の蓋が着いている昔ながらのゴミ箱。……もしかしたらこれでエコーロケーションを封じ込められるかもしれない。
爺はこちらに向かってきている。やるしかない。ゴミ箱の蓋を2つ、勢いよく取った。
そして思い切りゴミ箱の蓋をシンバルのように2つを叩きつけた。大きな音が鳴る。こちらの耳が痛くなる程の爆音。視力がないのなら聴覚が発達しているはずだ。自分が撃った銃声ならまだしも、不意打ちで鳴らした爆音なら耳に大きな負担がかかるはず。
案の定、耳を抑えて悶えている。しばらくは何も聞こえないはずだ。悶えている爺に渾身の右ストレートを顔面にぶち込んだ。
耳が聞こえていない以上俺の全ての攻撃が不意打ちみたいなものになる。さっきは俺の場所を特定して、そこから攻撃を予測していたに過ぎない。
完全に外界からの情報が絶たれた今、俺の場所を知る事はない。このチャンスを逃すわけにはいかない。
左ジャブ、右ジャブ、右ジャブ、左フック、右ジャブ、左ジャブ、右アッパー、左ジャブ、左ジャブ、右ストレート。
顔面に連撃を放つ。攻撃する位置を少しずつ変えながら隙がないように攻撃をする。
爺が攻撃してくるが見当違いな場所に攻撃している。無駄だ。さらに連続で攻撃する。休む暇は与えない。ここで確実に倒す。
左ジャブ、左ジャブ、右ストレート、左フック、右ジャブ、左ジャブ、右ジャブ、左アッパー……
爺がこちらの腹に向かってアッパーを放ってきた。攻撃の手が止まり後ろに押される。口から唾液が出てくる。
なぜこちらの位置を特定できたのだ。爺の顔を観察する。聴覚はまだ治っているはずがない。かなり近距離で鳴らしたのだ。まだ大丈夫のはず。
……そうか、匂いか。そら俺は何発も撃たれてるんだ。血の匂いがプンプンしているだろう。それにあの部屋に少し入ったのだ。残り香が多少はするだろう。
ならば対策はすぐにできる。横にあった水槽の水を頭から被る。体全体が水浸しになる。これで少しは匂いを和らげることが出来るはず。
爺がこちらに向かって左ストレートを放ってきた。しかし俺には当たらない。匂いを和らげられた。爺は水槽の水に向かって拳を叩きつけた。
俺を水槽とでも勘違いしているようだ。右アッパーを顎に向けて思い切り放った。爺は少し空中に浮いて地面に腰から落ちた。
顔がいい位置にある。腰を捻る。今度は脚に力を込めた。息を大きく、そして思い切り吐いた。
それと同時に爺の頭を思い切り蹴り飛ばした。頭が横の机にぶち当たり上に置いてあった水槽の水が地面に落ちてくる。連鎖的に隣の水槽も、その隣の水槽も地面に落ちてきた。部屋が水浸しになる。
爺は動かない。ようやく終わったようだ。
腰から地面に落ちる。水の波紋が辺りに広がっていく。大きく呼吸をする。当たり前だが人と殴り合うのは初めてだった。
友達と喧嘩しても殴り合うまでには至らなかった。とにかく疲れた。ただある意味では精神が回復した。あの部屋のことを一時的に忘れることができた。それはいい事だと思う。
しかし本当にこの爺があんなことをしたのだろうか。聴覚だけでなく嗅覚も発達しているこの爺があの臭いに耐えることができるのか。謎だ。
……狂っているからで説明が着くのが面白いな。まぁいい。とりあえず銃と鞄を取りに行こう。重い体を持ち上げた。
部屋から出ていこうとした時に足に変な感覚がした。下を向く。後ろから波紋が出てきた。何か物体が落ちでもしない限り波紋なんてものは出ない。
それに気がついた瞬間、何かからとんでもない力で後ろに飛ばされた。水浸しの地面に倒れる。まだ爺が生きていた。
「あぁクソッ、しつけぇな糞爺!!」
爺がこちらに向かって歩いてくる。目も耳も鼻も効かないはずなのになぜこちらを探知できるのだ。地面を見てみる。
……波紋か。あぁちくしょう、調子に乗って蹴らなければよかった。また戦うことになるとは。体を引き起こす。しつこいやつだ。
「ここで決着をつけてやるよ……」
続く
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